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第29話

『平坂務容疑者は千葉県市川市出身、東京都新宿区在住の三十七歳。名門大の経済学部卒業後、新興投資ファンドの在宅トレーダーに就任し高年収を稼いだ彼は、爽やかなルックスの下に、恐ろしい本性を隠し持っていました』 報道陣と野次馬犇めく新宿署前に女性リポーターが立ち、押し合いへし合いヒステリックな殺気を帯び、騒然とする現場の様子を実況する。 『先日未明、新宿警察署に匿名の通報がありました。発信源は平坂容疑者自身のスマホ。自宅地下に家主を監禁した、連続殺人の証拠がそこあるというのがその内容。現地に向かった警察が目撃したのは予期せぬ光景でした』 画面が切り替わり、瀟洒な一戸建てが映し出される。こちらにもマスコミや野次馬が押しかけ、動画や写真を撮りまくっていた。 隣人と立ち話していた主婦がしおらしげにインタビューに応える。 『平坂さんの事は実はよく知らないんです、すれ違ったらたまに挨拶する位で殆どお付き合いないんで。でもまあ礼儀正しくて素敵な方ですよ、ゴミ出しのマナーもちゃんと守ってましたし。たまにね、いるんですよ。夜に出すの禁止って言ってるのに、こそこそ持ってくる人が。そこへ行くとゴミの分別は徹底してましたね。そうですねえ、ちょっと神経質な人ではあったかもしれません。ルックスそこそこで人柄に問題ないのに、三十代後半で独身未婚って勘繰っちゃうでしょ』 飼い犬の散歩中に呼び止められた老人が、思いあぐねて首を捻る。 『学生の頃に越してきたから……そうさなあ、かれこれ二十年近くになるかな。実家が相当な金持ちだとかで、新しい家建ててもらって。でもま、変わってるっちゃ変わってたな。いい年した独身男なのに女っ気全然ねえし、よっぽど変な趣味あるか、ゲイじゃねえかって噂は立ってたんだよ。会社帰りのご近所さんが若い男と連れ立ってタクシーから降りるとこ見たって言うし……俺も一回、夜中にコイツの散歩してる時にチラッと。茶髪ピアスの若ェのが、いそいそ玄関に入ってったんだ。あの子も殺されちまったのかなあ、そうと知ってりゃ通報したのに可哀想なことしたよ』 カメラが後方に退き、キープアウトテープで取り囲まれ、パトカーが配備されたフェアリー・フェラーの自宅を映す。白い手袋をはめた捜査員と、紺の制服の鑑識が忙しげに出入りする。 続いて映し出されたのは、若き日の平坂の写真が掲載された、高校の卒業アルバム。 『平坂容疑者は千葉の裕福な家庭に長男として生をうけ、小中高エスカレーター式の名門校に通いました。平坂容疑者の両親はお見合い結婚、父親は帝京大学で西洋史を教える平坂治教授。魔女狩り研究の権威として知られ、何冊も本を上梓した著名な教育者です。同僚や学生には人格者として慕われる教授ですが、息子に対する躾の異常さに、疑問を唱える声も少なからずありました』 平坂務の小学校時代の同級生が、モザイク入りで登場する。 『務とは友達でしたよ。進級時にクラスが分かれてから疎遠になっちゃいましたけど、昔はよく一緒に帰ってました。家がね、同じ方向だったんで。ある時親父さんの話になって、テストの点数が悪いとバチってされるって言うもんで、何のことかわからず戸惑いました。詳しく聞いてぎょっとしたなあ、スタンガンですよ。スタンガンをお腹に当ててバチッと……異常ですよね?風呂に顔を突っ込まれるとも話してたっけ。務の親父さんは大学の偉い先生だし、真面目そうに見えたから、最初は信じられなかったんですけどね。嘘言ってる感じでもねえし、こりゃやべえぞって。本当はね、自分の親なり先生なりに真っ先に伝えるべきだったんです。今振り返ればそれが正しかったんだってよくわかります、俺も結婚して子供できたし。けどあの時はびびっちまって……児相も今ほどフットワーク軽くなくて、親子間のトラブルは家庭内で解決しろって風潮が強かった。どっちみち取り合ってもらえなかったかもしれません、アイツの両親は社会的信用ある立派な大人でしたから。それで、ね、すっげえ印象に残ってるんです。スタンガンと水責めの話をした帰り道……アイツ、すっげえ淡々としてたんですよ。怖がるでもなし痛がるでもなし、ブレーカー落とすみてえに感情切り離して。えっ普通でしょ、なんで驚くのって、宇宙人でも観察するようにこっち見るんです。俺、怖くなっちまって』 再び映像が切り替わり、被害者たちの写真が並ぶ。いずれも十代後半から二十代前半、全部で六人いた。 『最初の殺人は大学一回生の時。以降数年に一人のペースで犯行を続け、計六人の犠牲者を出しました。被害者の共通点は身寄りがないこと、いても音信不通になっていること。最新の被害者にあたる間宮春人君は昨年高校を卒業したばかり。無戸籍のホームレス青年、養護施設を飛び出した未成年なども被害者に含まれるものの、いずれの場合においても捜索願いは出されていません。平坂容疑者は同性愛者であり、路頭に迷った青少年に近付いては、酒や料理をおごる、性行為の見返りに泊めてやると言葉巧みに唆し自宅に連れ込みました。その後地下室に監禁、暴行後に殺害。遺体はバラバラに切断し、奥多摩の山林に埋めたと供述しています。平坂容疑者の自宅から押収したパソコンからは犯行の模様を撮った動画が大量に見付かり、ダークウェブで共有されていた事実が判明。今回の事件を重く見た警視庁サイバー犯罪対策課は関係者の特定を急いでいます。なお平坂容疑者は死体を遺棄した場所を自供したのちは黙秘を続けており、近日中に精神鑑定が行われるそうです』 警察署前の人ごみがどよめき、駐車場に止まった車から下りてきた、平坂夫妻に記者が殺到する。 『平坂容疑者のご両親ですね、コメントを!息子さんの犯行をどうおもいますか?』 『息子さんがゲイだとご存知でしたか』 『小学生の息子さんに虐待を加えていたというのは本当ですか、当時の同級生が証言していますが』 『水風呂に漬けたんですよね?』 『子供を溺れさせるのは楽しいですか、答えてください』 『スタンガンを使ったなんて信じられません、それでも親ですか?』 『人権無視の拷問だ!』 『お母さんはどうしてたんですか、見て見ぬふりですか、夫の暴走を止めるのが妻の務めじゃないんですか』 『貴方の行き過ぎた躾が平坂容疑者の人格を歪ませ、連続殺人に走らせたんじゃないんですか?』 立て続けにフラッシュが焚かれる中、平坂夫妻が足早に通り抜けてく。 『すいません、通してください』 制服警官が夫妻を護衛し、不躾なマスコミを追い散らす。 『息子さんに面会にきたんですか?優秀な弁護士雇ったんでしょ?』 『お答えできません。詳しくは記者会見で』 『被害者や遺族にコメントを』 『親なんでしょ、説明責任を果たしなさいよ』 『逃げないでください、視聴者が見てますよ』 集中砲火を浴び、夫に遅れた妻が掠れた声を絞りだす。 『あの子は……務は悪い子じゃありません。私が間違ってたんです』 平坂夫妻が階段を上がり、警察署に入る。別の映像が差し込まれ、逮捕時の様子が流れる。 刑事に両脇を挟まれた平坂が、手錠を掛けられた腕をジャンパーで隠し、パトカーへ乗り込んでいく。車の窓から覗く横顔は表情が失せ、不気味な印象を引き立てる。 その後も特番は続く。 高校時代の友人がクイーンの名盤を貸し借りしたと話し、平坂が家に呼んだ売り専デリヘルが、内部の構造や客の人となりを詳らかに語る。曰く金払いと愛想はよいものの、廊下突き当たりの扉に関する言及は避けていたそうだ。 デリヘルの青年が五体無事に帰れたのは、彼が店に属し、マネージャーにスケジュールを管理されていたから。 平坂が地下室のさらに奥の秘密の部屋に招くのは消えても怪しまれない人間、社会と繋がりを持たない住所不定無職の若者に限られた。 幸か不幸か、春人だけが誤算だった。 犯人に関する証言を集めた後、番組クルーは間宮春人の故郷に飛び、幼馴染の青年にインタビューする。 『春人とは小学校から一緒でした。家が近所で、放課後はよく児童館で遊んだんです。懐かしいなあ。俺んちもアイツんちも母子家庭で、一番遅くまで残ってたんです。春人がそっち系だってのは薄々勘付いてました、噂広がってたし。知らねーオッサンといるとこ見た奴いたし。田舎ですもん、住みにくいですよ。やっぱね、人の目あるし。春人はお母さん想いだったから余計に……連絡取り合ってたダチ?俺だけっす。色々話してくれました。卒業式のちょい前、ホントは男が好きだって打ち明けてくれたんです。あの時どうすんのが正解だったか、今でも時々考えちゃうんです。ンなの気にしねーよって励ましゃ良かったのか、だからどうしたって肩でも叩きゃ良かったのか……勇気、なかったんです。俺、好きな子いて。一年越しの片想いで。卒業式にぜってえ告るって決めて、だからデキてるとか勘繰られたくなくて、ずーっと好きだった子と付き合えっかどうか大事な時にンな重てえ相談すんなよって自分の事ばっか……ひょっとしたらアイツ、止めてほしがってたのかな。東京なんか行くな、お前が逃げ隠れする必要ねえよって、怒ってほしかったのかな』 元友人の声が潤む。 またもやカメラが切り替わり、セットが組まれたスタジオと、テーブルに座る出演者を映す。 司会がスタッフに合図を送り、中央モニターに見覚えある複製画を呼び出す。 『こちらが犯行現場に飾られていたリチャード・ダッドの絵、お伽の樵の入神の一撃です。ご存じない方に軽く来歴を説明しますと、リチャード・ダッドは十九世紀後半のイギリスの画家で、公園を散歩中に実の父親を撲殺し、二十年以上精神病院に入れられ、そこで生涯を終えました。まさしく天才と狂人は紙一重と言いましょうか、アウトサイダーアートの旗手と見なすか世捨て人と見なすか現代でも評価が分かれていますが……フェアリー・フェラーのハンドルネームはこの絵が由来なんでしょうか、木村さん』 司会者に話題を振られ、犯罪心理の専門家を自称する大学教授が頷く。 『おそらくそうでしょうね、特別な思い入れがあったと見えます。一部のシリアルキラーが署名を好むのと同じ心理と言いましょうか……父親と確執を抱えた殺人鬼が、父殺しの画家の絵を好んだっていうのは皮肉ですよね』 『いや~日本でこんな凶悪な事件が起こるなんてまだ信じられません。被害者の過半数が売春やパパ活の経験者だった事から、ゲイ版切り裂きジャックなんて呼ぶ人もいるそうですが』 『切り裂きジャックは劇場型犯罪の元祖と言われ、新聞社に犯行声明を送り付けた事で話題になりました。実行犯が主役、共犯者・被害者が脇役、警察が敵役、マスメディアや一般人を観客に見立てるのがその心理。平坂容疑者はマスコミを挑発こそしていませんが、犯行時の動画をアップし悦に入るあたり、自己顕示欲の権化なんでしょうね。本当に怖いのはね、地下室から六人分のルミノール反応が検出されなければ、彼が被害者の歯を持ってなければ、古い犯行は実証できなかったかもしれないって事ですよ』 『ご遺体から抜歯するなんて真性サイコパスですね~罰当たりな。ご遺族の心中察するに余りあるっていうか』 『抜かれたのは生前です』 『な、なるほど……』 司会者が怯む。教授が咳払い。 『気になるのは通報者の正体ですね。一体誰なんでしょうか、近隣住民は関与を否定してるとか』 『出前をとった形跡もありませんし……泥棒が地下室発見して、ってのもないか』 『本人だんまりでしょ?』 『バーで拾った青年を地下室に運んだ事は認めてますが、肝心の名前がわからないんじゃどうしようもありませんねェ。通報は犯人のスマホからだし』 司会と教授の会話にアイドルが飛び入り、蓮っ葉な感想を述べる。 『悪を裁いて回る正義のヒーローがいるのかな。かっこいい~』 『どっちかって言ったらダークヒーローじゃない?バットマンみたいな』 横の芸人がまぜっ返し、司会者がまとめる。 『平坂容疑者の弁護士は依頼人に責任能力はなかったとし、無罪を主張する方針だそうです。次は自明党議員中村宗一郎氏の長男・中村悠馬容疑者が、違法薬物所持と傷害罪で現行犯逮捕されたニュースです。警察が押収したスマホには複数人の女性を暴行する動画が保存されており、中村議員には半グレ組織を介して圧力をかけ、息子の犯罪を揉み消した疑惑がもたれています』

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