3 / 18
第3話
再び柾の手もとに返してきた名刺の裏には、090から始まる番号と表面とは別の住所のような記載があった。
「これ、個人用の……?」
「そう、僕の携帯電話と向こうの住所」
とりあえず携帯電話を持てるぐらいの生活はしているんだと、柾がほっと胸をなでおろしたとき、
「そういえばさ、」
隣に座る藍が改まった様子で切り出した。
「きみは、あの時、僕に電話をしてくれなかったね」
どきり、柾は硬直した。
あの時、小学生だったあの日、藍と別れる間際に、海外の電話番号と住所が書かれた紙をもらった。
だが自分は、藍に手紙を書くことも、電話をすることも、終になかった。
視線を伏せる柾をおいて、藍はソファを立つ。カウンターに向かい、作り置いたサラダを持ってきて取り皿とともにテーブルに並べている。
「僕からはきみに、何度も電話をしたし、手紙も書いたけど――」
「電話は、出ただろ」
苦し紛れにややぞんざいに言い放てば、藍は微笑を浮かべ、そうだねと静かに相槌を打った。
その横顔はどこか寂しげで、柾の心もきゅっと縮むような感覚があった。
「でも柾、電話口ですごくよそよそしくて、すぐに切れちゃった」
「っ、」
穏やかな口調で微笑む藍には妙な迫力があった。
肩をすくめて、口元は茶化したように口角を上げているが、その目には悲しげな色が浮かんでいた。
「……仕方ないだろ、その――」
あの時分は、藍がいなくなった寂しさを紛らわせようと、いろんな同級生たちと遊び始めたときだった。
やっと新たな友達ができ始め、宿題も多忙な中、なかなか遠くの地にいる友人のことをずっと考えてはいられなくなった。
そしていつしか無二の親友は記憶から遠のいてしまっていた。
だがそんなことを面と向かって言えるはずもなく。
返答に詰まる柾を横に、藍は諦めたような小さな溜息をついた。
「やっぱり僕の優先順位 は、低いみたいだね」
「え……」
聞こえるか聞こえないかの呟きを柾は聞き返したが、藍はそれ以上何も言うつもりはないようだった。
黙々と夕食を運び、一通りテーブルに並ぶと、柾に笑いかける。
「さあ、食べようか」
その後はずっといつもどおりの藍だった。
夕食を食べ終わり、柾が皿洗いを済ませ、リビングのソファで缶チューハイのプルダウンを開けたとき、後ろの廊下から浴室のドアが閉まる音が聞こえた。
ああ、藍、風呂から上がったな。
自分が夕食の片づけをしている間、藍が風呂に入るのがいつものルーティーンだった。
今日もいつの間にかいなくなっていたから、今の扉の音は浴室から出てきた音だろうと見当をつけて、特に背後を確認することなく、缶チューハイを片手にテレビを見ていた時、
「柾」
肩口から藍の手が伸びてきて背後から抱きしめられる。
ソファの背もたれにぎゅっと身体を押しつけられるぐらい、藍の腕には力が入っていた。
「藍――?」
「柾は、僕のこと、どう思っているの?」
ともだちにシェアしよう!