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第5話

 鋭い声でその名を呼べば、藍の動きはぴくりと止まる。その藍の身体を柾は押し戻して、自身はソファに上体を起こした。 「話の途中だろ、藍。こういうことがしたいわけじゃ、なくて」  上がった息を落ち着けていると、 「僕はしたいんだけどね、ずっと」  しれっと言う同居人を驚きと呆れ半分でまじまじと見返した。  あの内気だったかつての同級生は、かくも遠慮なく自身の欲望を述べる青年になっていたのか。それはまばゆいほどの成長ぶりだ。 「……俺が言いたいのは、こんなこと――段階を踏まないといけないだろって言ってるんだ」  小学生だったあの時、短い時間だが、毎日遊んで毎日一緒に笑い合った。そういう時期は確かにあった。だがそれも、約20年も昔の話だ。  久しぶりに会って1週間しか経ってないというのに、朝のいささか親しすぎるモーニングコールといい、先ほどのキスといい、どうしてこんなことになるんだ。  戸惑う柾を藍はしばらく見つめていたが、強い力で再び柾をソファに押し倒し、その肩口を押さえつけた。  驚いて見上げてくる柾を藍は見下ろす。 「……真意? 段階? ここまでして、言わなきゃ分からない?」  柾の顎を取って、藍は柾に口づける。先ほどのついばむようなソフトなキスではなく、柾の唇を割り、歯列をなぞる深いものだ。 「藍……っ」  その濃密なキスから逃れるために、柾が顔を逸らしたとき、藍はその耳元で囁く。 「好きだからさ。だから、こんなことも、したい」  熱を帯びてかすれた声を聞いたのと、太腿に藍の手を感じたのは同時だった。 「ッ駄目だ、藍。それ以上は――……」  太腿の付け根に向かう藍の手を取り、柾は首を左右に振った。 「柾」  藍の瞳に浮かぶ強い欲望を振り切るように、柾はソファから離れた。 「藍、これ以上はしたくないんだ」  こんなことを。  こんなことをするために、俺は藍と生活してたのだっけ……?  そんな考えが頭に浮かぶと、それは次第に柾の心を揺さぶった。  目の前に現れ20年ぶりに会ったかつての同級生は、当時のようなただ何も知らない純真な子供ではなくなっていた。  俺は、かつての彼と、輝いていたあの日々を求めているのかもしれない。  だけどそれは、二度と遡れないきみとの日々だ。

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