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第8話

 藍の名刺に書かれた住所に、確かにそのオフィスはあった。  いくつかのオフィスが入る高層ビルのうち、フロア2階分を使っているようだった。  入り口の案内を確認して、エレベーターのボタンを押した。  チン、という音とともに、エレベーターの両扉が左右に開く。  目の前には、白を基調とした清潔感のある空間が広がっていて、エレベーターを降りたところに、スーツ姿の男女二人が座る受付があった。 「いらっしゃいませ」  どう見ても場違いなカジュアルな服装の俺に、受付の2人は丁寧に頭を下げた。 「あの……」  到着した後のことを何も考えていなかったことに気がつき、たじろぐ。  どうする。  初見の、いかにも場にそぐわない人間が、受付で社員の名前を唐突に出したら、間違いなく不審に思われるだろう。 「どうしました?」  俺という違和感を感じているだろうに、受付の女は丁寧な所作とともに微笑む。 「あの、この会社に高藤藍という人が勤務しているか、聞きたいんですけど」 「……御用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」  やはり、警戒されている。 「藍のことで、伝えたいこと――少し、相談があるんです」  そう伝えると、受付の女は少し驚いたような表情を浮かべ、一度頷いた。 「高藤は弊社のVPでございます。少々お待ちください」  VP?  聞き慣れない単語を聞き返そうとする間を与えず、受付の男女は互いに目配せし、女が素早くカウンターに置いてあった受話器を取り何やらボタンを押した。  そりゃ警戒もされようものだ。  なるべく穏便に伝えているつもりだが、自分でも不審者なのは重々承知していた。  何やら役職がついているのだから、高藤はただの社員ではなさそうだが、その社員のことでと言葉をぼかす男が受付でまごついているのだ。  柾が居心地が悪そうにしているのを見て、 「おかけになってお待ちください」  と受付の女は、さがったところの壁に並べられた椅子を掌で指し示した。  柾は待合用の椅子におずおずと腰をおろしながら、一気に硬くなった雰囲気を感じていた。  これは……警備員でも呼ばれたか。  警備員が到着したら、どのように説明しようかと考えるも、納得がいくような回答は思いつかなかった。  藍が家にいるんです、と告げたところで、この雰囲気では、まず信じてもらうまでに時間がかかりそうだ。  それに藍が自分の家にいたとして、だからなんだと言うんだ。会社の人間にとっては、同僚や上司がどこに住んでいようと、毛ほども驚くことはないだろう。  それにしても、藍の名刺は本物だった。  プータローを危惧していたが、彼の言うとおり、職には就いているようで、そこは安心できた。  しかし一週間も空けられる職場とは。あいつは名ばかりで仕事を与えられていないんじゃないか?  別の心配が頭に浮かんだ時、革靴の硬い音が聞こえてきた。  その音がするオフィスの奥を見れば、スーツを着た男が立っていた。 「お待たせしました」

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