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第10話
「ストーカーかよ……」
ついぽろりと出た言葉に、望月もなぜか神妙に頷く。
「向こうにいた頃は、特にそのような言動はなかったのですが。日本に来るとなって、妙なスイッチが入ってしまったのか――」
出社していません。
やっぱり、と言いそうになった。
「どれくらいですか」
「一週間ほど」
ちょうど出会ってからだ。
どうりで朝出勤するときも、帰宅したときも家にいると思ったら、案の定、藍はずっと家にいたのだ。
やはりプータローであることに変わりなかった。
がっくりと肩を落とし、長く息を吐いた。
「クビになるのですか、藍は」
一週間も出社していないのだ。解雇だけはと同級生のよしみで懇願しようとすると、望月はまさか、と意外そうに答える。
「彼を解雇できる人物はこの日本にはいませんよ。ただ……」
望月はその秀眉を少し寄せ、困惑した表情だ。そのどこか色気が漂う望月を見つめていると、望月は困った表情のまま柾に笑いかけた。
「音信不通なんですよねえ……」
ええ……。
根っからの日本人で、日本企業にどっぷり浸かって働いている日本のサラリーマンには、とても信じられない勤怠状況だ。
そんな自由……荒唐無稽な社風で良いのか?
「それ、働いていると言えるんですか」
呆れて尋ねれば、望月も困りましたねえと柔らかな仕草で首を捻る。
まさかこの会社に所属する社員全員がそんな自由な勤務体制とは思えない。
「……さっきVPといわれたのですが」
解雇されないのは、その肩書のせいかと問えば、望月は頷いた。
「ヴァイスプレデントの略です。要は本社の要人の1人ということです」
「一応えらい、と?」
「そうです」
偉い人が出社拒否する会社が、こんな何ごともないように存続しているなんて、なんて良くできた社員たちだろう。
受付で藍の名前を出したとき、すぐにこの藍の秘書とかいう望月が出てきたのも分かった気がした。
望月はこのように余裕ある穏やかな言動だが、内実は割と一大事なのではないか。
「藍がいなくても、仕事に支障はないのですか」
「あります」
だから探していたのだと、望月は何ごともないような顔でさらりと言う。
「高藤は、会社からの電話にも、私からの電話にも一切応じてくれません。その居場所を聞いた者もなく」
「行方不明」
「そうです」
「あの、それなら、行方は判明したわけですし、藍を引き取ってもらえませんか」
引き取る、その言葉にいささか驚いた表情を望月は浮かべるも、次の瞬間にはそうですね、と煮え切らない様子だ。
「行き先が分からず困惑していましたが、どうやら元気に生活しているようですし――」
望月は少し待っていて下さいね、と言い残してソファを立ち、部屋を出ていった。
しばらくして戻ってきた望月は、小型のパソコンとスマホを脇に抱えていた。
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