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第12話
藍は慣れた手つきでパスワードを入力し、パソコンを起動させている。
「うん。日本に来る時に思い出したんだよね。どうせ日本に来るなら、会いたいと思ったんだ」
「業者を使って探してまで?」
その本格的なやり方は、執着心を感じさせる。まさかストーカーじゃないだろうな、と怪訝な目つきで藍を見やれば、藍は何でもないような顔で、パソコンに何やら打ち込んでいる。
「うん。調べてもらった。僕は小さい頃に日本から離れたから、僕がどこに住んでたのか、きみの家の場所とか、全部記憶が曖昧だから」
ああ、そうだった。
彼がこの日本を離れて家族とともに外国で暮らし始めたのは、彼が小学校1年生の時だった。その記憶は、自分と同じように次第に薄れていってしまったのだろう。
だが藍は、日本で生活し、この界隈のどこかで生活していたことを断片的に覚えていた。それで、その思い出の場所に帰りたくなったのだろう。
今回の帰国は、きっとかつての藍自身とその生活を辿る旅なのかもしれない。
かたかたとパソコンを打つ藍の隣で、柾はソファに背を預けて考えていた。
あれは、小学生になって半年ばかりの頃、親の都合でいきなり慣れ親しんだ環境から離された藍。
その後、知らない土地で、知らない人々の中で生活を始めざるを得なかった。
そんな中、俺は彼に手紙を書かずに、その藍からの電話もどこか素っ気なく接してしまった。
別に嫌いになったわけじゃない。
だけど、俺自身にだってそうせざるを得ない理由があった。
いなくなった親友の隙間を埋めようと日々忙しく動き、他の同級生と交流することで、別離のあの寂しさから逃れたい、思い出したくない、そういう気持ちがあった。
だけど今なら分かる。当時の藍は、きっと孤独だったのだろうと。
なんとなく缶ビールを飲んでいると、隣で流暢な外国語が話されているのを聞いた。
パソコンの画面を邪魔にならぬよう覗きこめば、もう既にウェブ上での会議が始まっていた。その面子にはあの望月もいるようで、
「いきなり音信不通になってしまっては仕事に支障が出ます。せめて行き先と連絡先ぐらいは――」
怒られている。
その小言に藍は外国語と日本語を交互に話して屈託なく応じ、さらりと会議の本題へと入っていった。
先ほどまでこのソファでビールを飲みながら伸びていた同じ人物とは思えないほど、急にはつらつとし、仕事をさばいていた。
話されている言葉のすべては聞き取れなくとも、藍がテンポよく応じ、何ごとかを伝えていることは分かった。
藍本人が口先で言うだけでなく、きちんと働き、働けることを知って、柾はこれまで感じていた胸のつかえがとれるようだった。
当時は自分より内気なところがあって、他人とまず距離を取ってうかがってから、周囲の期待に合わせて振舞うような大人しい子供だった彼が、こうして会社で活躍している様を傍で見て、柾は知らず口角を上げて微笑んだ。
胸を撫で下ろして、やっと仕事に戻った藍を邪魔しないようにと、柾はそっと藍の隣を離れた。
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