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第13話
それから数時間経った頃、話し声が聞こえなくなった。
柾がリビングを覗けば、ソファの背もたれに寄りかかって、頭を仰け反らせている藍が見えた。
「終わったのか」
近づいて尋ねれば、藍は一応ね、と疲れた様子で答える。
久しぶりの仕事で頭を使って疲れたのだろう。背もたれに身体を投げ出す藍からは、その虚ろな目つきといい、ぐったりとした様子といい、これまで見たことがなかった疲労感が妙な色気とともに漂っている。
「藍、仕事がひと段落したなら、外に少し出ないか?」
のろのろと上体をソファから離し、藍は気怠そうに立ち上がる。
「どうしたの? 珍しいね」
買い物もひとりで行っちゃうのに、と余計なことを後ろで呟く藍を連れて、柾はベッドルームから財布を持ち出し、藍とともに玄関を出た。
「あーやっぱり外に出ると気持ちいいねえ」
隣からお気楽な声が聞こえる。
「ねえ柾、どこ行くの?」
雑談をしながら駅に到着したとき、藍はようやくただの散歩ではないと気がついたようだった。
柾が目的地の駅名を伝えるも、藍に思いあたる節はないようで、
「そこに、何をしに行くの?」
と重ねて質問してくる藍に、答える代わりに、柾は購入した新幹線の切符を渡した。
「藍、どうしてあの日、俺が新幹線に乗っているって、分かったんだ」
駅の改札を過ぎる。2人とも新幹線のホームで待っているとき、柾は何気なく尋ねた。
藍はきょとんとして、しばらくして簡単だったよ、と何でもないことのように答える。
「きみの勤める会社に電話したら、容易く教えてくれた。新幹線に乗って、何時にどこの駅に到着しますって」
再会のきっかけは、うちの会社の情報流出だったのか……。
別に自分の情報をもったいぶるわけではないが、少しは警戒心があっても良いんじゃないか。
隣で藍は当時を思い出したのか軽く笑う。
「だけど、さすがに乗車する席番までは教えてくれなくてね、だから1号車からきみを探したんだ」
「そうか……」
多少の薄気味悪さはあるが、もはや執念といえば執念なんだろう。
「気持ち悪い?」
藍が柾の顔を覗き込んだとき、突風が吹き、ちょうど新幹線が到着した。
柾が何か答える前に、新幹線の音で声はかき消される。
仕方なく話すことを諦め、2人は新幹線に乗り込んだ。
席に座ったところで、藍はせがんだ。
「柾、僕は聞いているよ」
「あ、ああ……」
気持ち悪いかと尋ねらられたら、正直言えばそうだろう。
だが藍は日本のことを良く知らなくて、限られた出張の時間、多忙な仕事の片手間に確実に目的を達したいと思うのならば、きっとそういうやり方もあるのかもしれない。
「忙しかったんだろ。探す時間を取れなかった」
「そうでもないけど」
「じゃあその方が手っ取り早かったとか?」
「んー、違うね」
こいつ――……。
「……じゃあ、方法が分からなかったんだろ。おまえは日本に不慣れだから」
その柾の言葉に、藍は寂しそうに微笑み、自身が座る方にある窓ガラスに頭を預けた。
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