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ヒュゥンと湿気った空気が漂う。
一応〝きっさてん〟という言葉は聞いたことがあるものの、明確になんなのかは知らなかった。漢字がよくわからないので予測も不可能だ。悪気はない。
『……喫茶店は、法律と歴史を除くとだいたいカフェと同じものだな』
ややあって、声は特に責めることなく一斉に喫茶店を教えてくれた。
一斉はカフェがわかる。
呆れずに教えてくれるなんて、なんといい声だろうか。
滅多に優しくされない一斉は、声への好感度を密かにアップさせた。もちろん顔には全く出ていない。不動の真顔だ。
『あのな……言っておくが、知らずともオマエに拒否権はないぞ?』
すると一斉がぼーっと危機感なく考えているように感じたらしい声が、心持ち厳しい語気で窘めた。
『見ず知らずの別世界に身一つでブチ込まれるなんて必ずのトラブルだらけだ。危険や不安しかない前途多難のハードモード。食う寝るところに住むところ、仲間も金も全て自力で手に入れろ。そういう世界だ。そこへ無理矢理に行かせる』
「あぁ……わかってる。手ブラで一人、別世界。失敗は死ぬ」
『そうとも。オマエが無知だろうが情に訴えようがワタシたちは情けをかけない。これは決定事項だ。軽く考えていると死ぬぞ、佐転 一斉』
「わかったから、さっさと行こうぜ」
『……はぁぁぁ……』
深く、深ーくため息を吐く声。
なんだ。説明は終わったじゃないか。
一分一秒でも早くつぐないたい。危険や不安があっても大した問題ではない。なんせこちとら自殺経験済みだ。実際死ねたのだから平気だろう。
佐転 一斉は、勘と本能で生きている。
寡黙な性格と妙にドッシリ構えた態度のせいでクールな男だと思われるが、実際はバカの自覚があるために考えることを放棄したド脳筋。
一途で愚直で忠実で義理堅いただの行動派熱血漢である。
危険を顧みず他人に尽くす無駄な漢気に溢れたバカとは、監督者がいなければ即ゲームオーバーな幼児であった。
『くっ、五歳児どころじゃない目の離せなさだ。人型の子犬だぞ? 償わせるにもノラではいかん……早く飼い主を見つけさせなければ……っ』
「おい、喫茶店マスター……」
『待て待てならせてやるから今後の説明を聞くがよいっ。オマエ、なにも知らないくせにどうしてそんなに腹を括るのが早いのだ?』
「……? ……悪い」
『いや責めてはないので許すけれどな? もう少し自分を大事にせよっ』
「は? まぁ、……なんか頑張るぜ」
意図の理解はできないが、言われたことはわかったので大人しく頷く。
叱られてしまった。
叱られたからには、自分の言葉が都合の悪いことでもあったのかもしれない。
そう思って謝罪しただけなのだが、あっさり許された。妙に気遣われもした。やはり声は特別に優しいのだろう。すごい。
一斉の優しさ判定ハードルは、ひと跨ぎできるほど低めに設定されている。
なんせ周りにはほぼ悪人しかいなかったので仕方がない。チョロいと言うことなかれ。
一応この人と決めた相手の言うことを第一としている。
誰かれ懐くわけじゃない。
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