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 ハテナを浮かべつつ無言でズズイと更に差し出すと、ツーミンはコロコロ転がったのちピョン! と立ち上がった。 『一斉はん、ワイはロボットやで?』 「? あぁ……?」 『あぁやのうて! ロボットはコーヒー飲みそうにないやんかぁぁぁ!』  いや知らん。初耳だ。  ロボットの知り合いなんていなかった一斉は、ぽっこーん! と照れくさそうに噴火するツーミンがなにを怒っているのかわからずキョトンと首を傾げる。  曰く、いくら全員が善人だったと言えど、どう見ても機械仕掛けのツーミンにオイルではなく飲み物を差し出すマスターはいなかったのだとか。  あからさまに錆びそうやらそもそも飲めなかろうやら、その他などなど気遣い由来の理由である。  しかし一斉はおバカさん。  喋る存在は人も声もジャガーもロボットも垣根なくただのそういうもので、一斉にとっては区別がない。  つまりおバカな一斉だからこそ、固定観念に囚われず、ロボットにドリンクを差し出した。  ごく自然に「飲むだろう」と。  ……とはいえロボットは大体飲めないタイプばかりであるからして、ツーミン以外には不都合しかない飲食物をうっかり押しつけるほうが惨事になるのだが。 「……まぁ、困らねぇなら、ほら」 『でもサポートロボのワイに初ドリンクを、しかも一番のお客さん役なんか……ワ、ワイ……ワイでええのん……?』 「他、いねぇだろ。ツーミンがいい」 『いっ……一斉はぁん……っ!』  コクリと頷いてカップを突き出すと、ツーミンは涙がダバダバ流れている目をモニターに表示させ、飛びつく勢いで一斉の手からカップを受け取った。  巨大なプレゼントを抱き抱える子どものようにカップを抱いて体ごと傾け、ガパッ、と開いた口にザパーン! と注ぎ込む。  口というか真っ暗な異空間だったが、問題なく飲めている。いいことだ。 『ん───んまぁ〜いっ! 眠り姫も即起きの芳醇な香りと濃縮された豆の旨み……大人の苦味が煎れたて挽きたてならではに際立っとる……これはまさに! バリスタが丁寧に仕事をした最高のエスプレッソ!』 「エスプレッソ……?」 『知識はあれど、ツーミン生初の実物ご賞味やで……! コーヒーんまい!』  ツーミンは空のカップとソーサーを手に、ヨイサヨイサと踊るように喜んだ。相当美味しかったらしい。よかった。  しかしこれはコーヒーだろう。  エスプレッソとはなんなんだ?  そんなにうまいのかと気になって、ドリンクバーのサイドタブから[メニュー]を選択してみた。  ほとんどが[???]と表示されている中、一番上の項目が[エスプレッソ]と明かされている。  そっと文字に触れてみると、画像と共に説明が表示された。 [エスプレッソ]  微細に挽いた深煎りのコーヒー豆を抽出するポピュラーなコーヒー。濃厚な風味が特徴。ツーミンのお気に入り。 (……わかんね)  トン、とメニュータブを閉じる。  グウゼンの言語翻訳により文字は読めるし意味もわかるが、ツーミンが気に入るコーヒーだったということしか良さが理解できない。  確か、グウゼンは〝どんな飲み物も最高の状態で出現するステキな能力だ〟と言っていた気がする。  エスプレッソはバリスタだった立仲の最高傑作なのだろう。  よくわからんがたぶんそう。  ツーミンが踊るほどうまいならきっと世界一に違いない。立仲は凄い。バリスタは凄い。コーヒーは偉い。 「タナカのは、うめぇコーヒー、だな」  コーヒー愛好者が聞けばズッコケそうな感想だが、一斉は至極真面目にそう分析してうんうんと一人納得する。  そうしていると、不意に一斉の頭の中でキュピポ〜ン♪ とマヌケコミカルなベルが鳴り響いた。

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