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 翌朝──研究室にて。 「(おれ)はなにもお主を縛りつけたいわけではないのだぞ? イッサイ」  キュ、と握られた手首をひねり、後ろ手に回された。  残った片手も知らぬ間に捕まえられ、覆い被さるように迫る白いジャガーに思わず背筋が弓なりに仰け反る。 「だが成り行きとはいえ己はお主の主で、召喚獣はそのスキルごと主の管轄。管理する義務がある。己はお主の飼い主なのだ。そしてお主は己の子猫(ネェロ)なのだ」 「っ……」 「イッサイ。お主の全ては(おれ)に飼われている。……わかるな?」  トン、と背がテーブルに当たる。  流石にこの体格差、力量差でこの状況から逃れる方法は思いつかなかった。  逃げたいわけじゃないが、一斉は答えず、微かに首をそらす。  途端、横目で見上げた獣の口が大きく開き、ゾブ、とずらりと並んだ牙が一斉の首筋を咥えて皮膚を押しつぶす。  ビクッ……と身が跳ねた。  熱い舌が頸動脈を嬲る感覚。  はぁ、と吐き出される蒸気のような吐息で火傷しそうだ。  喉仏の凹凸、鎖骨を流れる唾液。ヒゲがチクリと頬を刺す。  耳の裏からこめかみを舌がなぞり、口周りの柔らかな毛と産毛の生えたピンクの唇が瞼をなで、離れた。  青い瞳が鋭い色で一斉を射抜く。 「マホービンは、生産停止だ」 「…………!」 『そ、そんな殺生なぁ!』  至極真剣な声でダメを言いつけるジェゾに、はだけた胸元から耳元までを濡らしオマケの歯型まで刻まれ、ガーン! とショックを受ける一斉であった。  ジェゾは予定より早く帰ってきた。  ただいまも言わずに無言でズカズカと研究室こと小部屋に押し入り一斉を捕まえたジェゾは、野性のジャガーそのものの形相だ。  おそらくダンジョンから直帰したのだろう。気迫がすごい。  ハンターモードのジェゾは、流石の一斉でもビビるほど圧がある。  いやだって、無言だぞ?  一瞬本気で食われるかと思った。  今のジェゾはいつも通りだ。  エプロン姿で膝に一斉。  まぁ概ねいつも通りだ。  普段はいつも膝に乗るわけじゃないが、話をするのに捕獲と慰めを兼ねて乗せられた。  ジェゾはそういうところがある。  手の届く範囲に一斉がいると、とりあえず手繰り寄せて手慰みに構う。  ただの癖だろうが、コロコロ肉虫のステーキを口元に差し出すのはやめてほしい。食べたいのはやまやまだが、それは人間の一口サイズではない。 「さぁ、口を開けろ。たらふく喰らわねば大きくならぬぞ」 「…………あ」  コロコロ肉虫。  噛めば噛むほどソース? 肉汁? 体液? が凄い虫食。  見た目は虫だが味は完全に牛肉で、食感は外はカリカリ中はクリーミィな割とよくある食材である。  一斉はわずかばかり複雑な心境で眉を下げ、口いっぱいに頬張らせられたコロコロ肉虫のステーキを咀嚼する。  あのあと硬直した一斉の顎を平然と片手ですくってモニモニと肉球で揉むジェゾは、帰還そうそう、何事も無かったかのように研究室備え付けのキッチンで朝食を作ってくれた。  それはありがたいのだが、せっかくツーミンと協力して開発した力作がどうして生産停止なのだろう? こう、なんだ。ほんのちょびっとガーンじゃないか。 「そう拗ねるな。怒ったわけでも役に立たなかったわけでもない。己の姿が獣に近いことなど見ればわかるだろう」 「朝イチはビビっただけだよ……拗ねるのも、まぁ、ちょっとだぜ」 「なら疾く機嫌を直せ。よいか? ステータスに作用するものに限れば、おそらく、お主の付与能力は掛け算式なのだ」 「掛け算式?」 「そうだ」 「ウ」  算数の話なら明日にしてくれ。  ジェゾは勉強の気配で自動的にシワが寄る一斉の眉間を容赦なくグリグリ指で解し、口元のソースを舐めとる。 「お主の言う回復効果などは足し算式、元値に一定数をプラスする。だが掛け算式は、元値に一定数をかける方式。つまり能力パラメータが高い者ほどかけた結果は大きくなる。簡単に言うと弱い者が能力頼りで簡単に強くはなれぬが、努力しレベルを上げた者……元値が大きい者は、それだけお主の能力による恩恵が多く受けられるということなのだ。だがそれだけに反動も大きく、使いこなせなければ自滅しかねん諸刃の剣だろう」 「ジェゾ」 「高レベル者にバフドリンクを飲ませるとなんやかんやで死ぬ故やめろ」 「わかった」

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