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 要するに一かける二より十かける二のほうがヤバイということだ。  わかりやすい説明を更にわかりやすくまとめた察しのいいジェゾはうむと頷き、三匹ほどの肉虫ステーキを一口に食らった。  一斉も自分でフォークを手に持ち、肉虫ステーキに食らいつく。 「まぁ、先のことはわかったけど……今は低レベルだったぜ?」 『せや! 回復付与で言うたら指の切り傷やら軽い打ち身がすぐ治るレベルやで? あない切羽詰まらんでもええやん』 「正確な数値など知らぬ。レベル以外の能力ステータスは基準が曖昧で正しく測れぬものだからな。そもそも数値表記されぬだろう? そういうことだ。だが体感で確実に上がっていた。あんなものをマホービンがあれば持ち歩けるなんて、どこぞの組織や族に知れたら酷いぞ。増産は許さぬよ」 「大げさだと思う……」 「たわけ。己は飛んだぞ」 『飛んだん?』 「飛んだのか……?」 「飛んだ」  ジェゾは呆れたため息を吐きビシ、ビシ、と太い尾を振った。 「初日を中層部での肩慣らしとしてよかったな。起きぬけにマホービンで楽しむウインナーコーヒーはしみじみうまかったが、己は自らの能力を尾の揺らぎまで熟知し、繊細な加減で使い分ける生来のハンター。……よもや隣の木に跳ぶ加減で、枝に捕まる隙のない速度が出るとは思わぬだろう?」 「あぁ……」 『うん……』 「掴み損ねて尻から落ちた。ギリギリで受け身はとったがな」 「『なるほど……』」 「危うく恥を晒すところであった……」と不満をボヤくジェゾに、一斉たちは揃ってコックリ頷いた。  まぁ、ジェゾが強すぎただけだ。  低レベルの掛け算でもうっかり飛ぶほどレベルが高く、上がった能力で動きが狂うほど熟練した加減を操るジェゾだからこそ尻から落ちた。そりゃあ焦っただろう。  でもな、ジェゾ。普通の人は思ったより早く跳べても別に困んねぇぜ。 「ジェゾ、もう行かねぇ?」 「そうだな……レア素材の仕入れとダンジョンの環境保全は特権階級ハンターの仕事だが、采配は一任されている。今は個の任務も急ぎのクエストもないが、どうするか……」  朝食を終えたあと。  大きなシンクで食器を洗いながら尋ねると、テーブルを拭き終えたジェゾはぽいっと掃除用スライムをスライム鉢に戻し顎に手を当てた。  三日の予定が一日で帰った。ならまたダンジョンに戻るのか?  言葉足らずでもジェゾには伝わる。  無口な一斉がわざわざ「行かねぇ?」と確認する意図も伝わる。  素直に「休みだと嬉しい」と言わないのは遠慮しているわけじゃなく、自主的に希望を伝える癖がないだけである。 「己としてはどちらでもよい。マホービンの中身が空でイッサイも持ち込めぬなら、楽しみがない」  ジェゾはスタンドライトの傘をなでてから、シャツを腕まくりしてガシャガシャと皿を洗う一斉のそばへやってきた。 「いいのか?」 「よい。己は存外気ままなのだ。お主もそうだろう? イッサイ」 「わかんね……」 「わかるさ。気ままでなくとも、お主は怠惰だ。働き者だが怠惰で従順な割に甘えたで慎重なくせに迂闊でおおむね受動的だが時折能動的になる。目が離せないところがお主のカワイイところだ」 「ンッ、……あ?」  隣に立ったジェゾが、ふと、一斉のうなじをトントンと指先で叩いて呼ぶ。  顔を上げると、腕を組んでこちらを見つめる大きなジャガーがいる。  なんら様子に変わりはない。ゴキゲンでもフキゲンでもなさそうだ。  不思議に思っていると、その逞しい腕がヌッと伸びて──壁の隅にある換気窓の縁に触れた。 「他人のうちを玄関以外から訪ねる者は、皆やましい者だぞ?」 「…………」  そっ……と洗い終えた皿を置く。  濡れた手を拭き、背筋を伸ばして視線でジェゾを見上げる。 「状況と結果に空気と勘で判断するに、おおかた己のいぬ間にやってきた敵でも客人でもない者が、お主にも家財にも害を及ぼさずに消えたのだろう」  その通り。変なネバルがメロンソーダと騒いで消えた。 「それ故にお主、報告を忘れたな?」  その通り。忘れた。  ジェゾの物を害さなかったので脳が記憶を舐め腐って忘れた。 「まぁ、あくまで勘だ。事実はお主の口から、ダンジョンに戻る気が失せた己に語り聞かせてくれ」 「…………おう」  詳細は省くが、ジェゾのお仕置きは「殴る蹴るやお説教よりキツイ」と一斉を大いに反省させたらしい。  

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