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第二.五生 性根は悪いほうがいい
遡ること数週間前。
店の改築完了を待つ研究室にて。
「──……しゃせ。ご注文は」
「だぁから違うのん! いらっしゃいませ、お客様! ご注文がお決まりでしたらお伺いします! キッサテンはオシャレで落ち着いたのんびり空間だってテメェが言ったんだろん!? テメェの態度と言葉遣いは雑で粗暴な頑固オヤジなん! 裏通りの酒場オーラなーんッ!」
「や、ちゃんと〝いらっしゃいませ〟って言ってるぜ……」
「聞こえねぇんじゃ! テメェの挨拶ほぼ〝シャセ〟か〝シャス〟ゥ!」
「……ッスか」
「そ、う、で、す、よッ! 〝ッス〟も禁止ねん! なんで前半消えるん!? 声量クレッシェンドか!」
経営アドバイザーことネバル・マンボルトは、店主 こと一斉を前に頭を抱えてキレ散らかしていた。
なぜってそりゃあ聞いての通り、一斉の接客スキルが壊滅的だからである。
この男、スラム街のギャングや犯罪組織の戦闘員バリにイカつい見た目に反して意外と大人しく従順なのだが、根が脳筋で素が荒い。そしてバカだ。
本人は丁寧なつもりでも、気を抜くと態度にヤカラが出る。
あと普通に会話がヘタ。
普通にというかめちゃくちゃに会話がヘタ。説明力も積極性も話の引き出しもなさすぎる。
本人は至って真面目なので基本の接客ワードくらいは丸覚えし出力できるが、油断すると前半が消失する。
臨機応変にお客を持て成すべきマスターにあるまじき有り様だ。
一人でカウンターに立たせてたまるか! というレベルである。
だって飲食店のマスターだぞ?
小粋なトークもできてこそ売上と常連化に繋がるというのに、定型文から怪しくてはアドバイザーの意味がない。
いやまぁ本音を言うと匙をブン投げたいネバルなのだが、すぐそばのテーブルで巨体のジャガーが悠々とウインナーコーヒーを啜っているため、投げられなかった。
今日はオフらしい。
匙と同時に命をブン投げるほど、ボク様怪盗はバカではない。
しかし飼い主に頑張っているところを見せたいのか、普段より口数が多く積極的な(気がする)一斉。
悲しきかな、一斉のやる気は表情筋にも結果にもほぼ反映されないのだ。
真剣に上手くできないらしい。
柔らかく微笑む。
上品に会話する。
根っから演技が苦手なのだろう。
そうなると力任せに怒るわけにもいかず、ネバルはワシワシと自分の後頭部をかき混ぜて盛大にため息を吐いた。
「んもぉ〜……なんでそんな敬語ヘタクソなん? 苦手にも程があるねん。ハンパにやるから余計ガラ悪いのん」
「わざとじゃねぇよ……本気でやってんだ。けどなんか、ムズい」
「なにがムズいん?」
「お行儀よくしちゃいけねぇ職場だったから、今更うまくやれね、っつか……ガラじゃねんだ、たぶん……背中痒くなるぜ」
「おーおーじゃあ背中かいてやるから気合いでステキな言葉遣いになりやがれん。お客様は神様です。はい復唱」
「オキャクサマハカミサマデス。……でも俺の神様、別にいんだよ。……早く神殿、行きてぇな」
「気持ちの問題だってのに融通きかねぇ野郎だなぁんッ。テメェみたいな無口無表情無愛想強面男、外に出したら喧嘩売られるに決まってんだろん? 中身ただの脳筋ネコ野郎なのねん。危なっかしくて放逐できるかい。大人しくレッスンしろん!」
「擽ってぇよネバル……」
「背中かいてやってんだよん!」
「余計痒いって……」
ガリガリガリガリ! と力いっぱいデカイ背中を八つ当たり気味に掻きむしってやると、相変わらず感情の読めない表情でむず痒がる一斉。
ネバルが全力で掻きむしったって、それなりに鍛えた若者のピチピチの背筋はノーダメージだ。
服越しなのでむしろ擽ったいらしい。ネバルはちっとも面白くない。
だから一斉の腰に両腕を回して背にベタリとへばりついたまま、自分の全身に微弱な電流を纏わせてやった。
「ッひ、ッ……ぁ?」
パチン! と触れた瞬間だけは強めに痺れさせてやると、ビクッ、と抱いた体が跳ねると同時にほぼ変わらない一斉の表情が一瞬わずかに引き攣った。
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