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 一斉とネバルはピタリと動きを止めて声の主を見やる。  声音も様子も別段変わらない。  いつも通りだが、ジェゾがザラついた喉で低く深い渋みのある声をあげると、誰しもつい耳を傾けてしまう。  ジェゾはカチャ、と掛けていた獣人用のメガネをテーブルに置くと、やおら体を向け、青い瞳に二人の姿を映した。 「イッサイ、来い」 「あぁ」  白い獣の青い瞳。  その視線に射抜かれた一斉は、ポカンと固まるネバルの腕をスルリと抜けて、ジェゾの元へ歩み寄る。  やってきた一斉の腰に腕を回し、乱れたシャツの裾ごと抱き寄せて、ベルトの隙間に手を差し込んだ。 「遊ぶのはよいが、だらしがないのは感心せんな」 「んゎ、悪ぃ……、っ…ひ」 「なんだ、腰が引けておるぞ。よもや普段、己がいない間もこうだらしなく遊んでおるわけじゃあるまいな?」 「ぁ? 違う、してね……っぅ、ジェゾ、そ……手ぇ擽ってぇよ……」 「どうだか」  シャツを整えながらゴソゴソと突っ込んだ手で腰や尻、腹部をなぞられ、一斉はたまらずジェゾの胸に額を預ける。  縋りつく一斉を抱き、ジェゾは一斉の耳をガブリと噛んだ。 「ンッ……!」  ビク、と背が丸くなる。  相変わらず感度がいい。これは不感症どころかすこぶる敏感である。 「少し虐めるぞ」 「ゃ、なんで、っん、…っ」  ジェゾは白い毛皮を掴む手に力が篭もる様をクスリと笑い、耳裏をベロリと舐め、クチュクチュと耳腔を舌で犯した。  わざと視線をやらないだけで、一斉の後ろでポカンとしたままのネバルの存在は忘れていない。忘れていないから軽く遊んでやっている。  なっていないのだ、遊び方が。 「んっ……ジェゾ……ん、ぅっ……」  そこここを弄ぶにつれ崩れそうになる体を太い腕で支え、逃げ腰な下半身を押さえ込み、一斉の耳や首筋、頬、喉仏など露出した部分を執拗に嬲る。  シャツのボタン一つ外さない。  これだけで十分鳴かせられる。  反射を誘う痺れも要らず、本気で抗われたとしても力と愛撫で征服し、トロけた鳴き方で自ら縋るようモノにできる。  チラリと視線をやると、面食らったままのネバルの視線と絡み合った。  直後。  ジェゾが、抱いた体の中心に膝を宛てがい、喉を反らせて身悶える一斉の耳に舌を挿れたまま丸ごと噛みつき。 「──ぅあ…っはぁ…ん……っ」  散々体を撫で回されて舐められていたところにいきなり股座を刺激された一斉は、たまらず甘い声を上げて鳴いた。  ネバルはぎょっと驚く。  今のは誰の声だ? 一斉なのか?  そんなまさか。  あのろくに物も知らない冷めた男がこう快感を知り尽くした声を出すもんか。  信じ難く目をこすって見直すが、どう見ても一斉以外に考えられない。  背中しか見えなかった悶える顔も、ジェゾにはしっかり見えただろう。 (ぅえぇ、不覚にもぐっとキたなん悔しすぎるん……!)  当てつけ目的でからかったとはいえ、全く好みではない男の声に官能を感じるなんてネバルは内心複雑だ。  しかも自分じゃ出させられなかった本気の声を、煽っていたつもりの獣にあっさり引き出された。  二重に悔しいネバルがうぐぐと二人を見つめていると、白々しい青い瞳とバチッ! と目が合う。  瞬間、フッ、と笑う獣。 「〜〜〜〜……っ性格、悪ぅ……!」  縛らないのではない。  縛る必要がないのだ。  放任主義なのではない。  目を離したくらいで主以外に飼われるようなやわな躾方などしていないのだ。  誰がどう手出ししようが関係ない。  一斉がどこへ行こうが何度でも抱き寄せ歯型を刻みマーキングするだけ。  ジェゾに飼われたからにはこの世の誰よりもうまく飼ってやるつもりで所有しているのだから、外野は好きなだけ挑み、好きなだけ敗北するがよい。  そんな笑い方である。  ネバルはまんまと煽り返されたのだ。  たった一度の笑みで見事にマウントを取られたのだ。 「まったく、若いな……今更、安い挑発で動じるほど青いわけがなかろうよ」  頭を抱えてしゃがみこむネバルに、ジェゾはゴロゴロと喉を鳴らしながら、機嫌よく己の子猫に甘噛みをした。  第二.五生 了

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