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第2話
奇妙なことを口走る鬼に、一瞬気が抜けた。
「何を言って、」
「あぁ、やっぱり。鍛えられた逞しい腕というのはたまりませんね」
「……ッ!」
またもや音もなく近づいてきたかと思えば、鴉丸 の柄 を握る右腕に触れられて驚いた。太刀を握る手に触るなど正気の沙汰じゃない。
(侮られているということか)
あまりのことに腹が立ったが、それだけ鬼との力量に差があるということだ。振り払うこともできずにいると、指先で何度か二の腕を撫でた鬼が、今度は腕の形を確かめるように手のひら全体で撫で回し始めた。
「腕と同じように肩もしっかりしていて、首も太い」
「ッ……!」
「鎖骨も太く……思ったとおり胸も分厚いですね」
肩を撫でられ、首に触れられ、一瞬殺されるのではないかと思った。ところが予想に反して鬼の手はそのまま着物の合わせの上から鎖骨を撫で、ススッと動いて狩衣の上から胸のあたりをゆっくりと撫でている。
(一体どういうことだ?)
撫で回されることも理解できないが、体のどこも自由に動かせないことに驚いた。もちろん鴉丸 を握る右手も自由にならない。
(これが鬼の力なのか)
動けないのでは一太刀どころではない。そう思って覚悟したものの、なぜか首を落とされることはなかった。それなら心臓を奪われるのかと思えば、先ほどから胸を熱心に撫でているものの、えぐり出そうという様子もない。それどころか……。
「あぁ、なんて立派な胸だこと」
「……っ」
「ほう」とため息をつきながら両手で揉むように胸を撫でられ、体が強張った。いや、胸を撫でられているからだけではない。すぐそばにある鬼の顔が気になって勝手に体が緊張してしまうのだ。
(鬼とは、これほど美しい顔をしているのか)
雪のように白い肌に艶やかな黒い柳眉、黒く輝く目を囲むまつ毛は長く、わずかに下を向く姿を見るだけでどくりと心臓が跳ね上た。濡れているような紅い唇は屋敷の女房たちのそれよりもずっと鮮やかで、言葉を発するたびに目を奪われそうになる。
都一の美姫と名高い母上よりもずっと美しく、それでいて抗えない何かを感じさせる顔から目が離せなくなった。鬼の顔なのだから本来は恐ろしく感じるはずなのに、どうしてか胸がドクドクと忙しなくなっていく。それに伽羅のような芳しい香りも感じられて、ここがどこなのか、目の前の者が誰なのか何度も忘れてしまいそうになった。
(これも、鬼の力なのか)
我を忘れそうになるたびに必死に己を叱咤した。
(俺はなんのためにここに来たんだ。目の前の美しい者は人ではない、鬼なのだ。それを討ち取るためにここまで来たのではないか)
何度も何度も言い聞かせた。そうでもしないと惑わされそうだった。
そうしている間も鬼の手は胸から腹に移り、腹の辺りを何度も撫で回す。その感触にぶるりと肩を振るわせたとき、不意に撫で回していた手が止まった。
「まだ自我を保っていられるとは素晴らしい」
「……やはり、何かしたのか」
「何かしたと言えばそうでしょうが、どちらかと言えば勝手にそうなってしまうというほうが正しいでしょうね」
俺の腹に手を添えたまま鬼が身を寄せてきた。これではまるで恋文を交わした男女のようではないか。そのうえ、すぐ近くで紅い唇が開いたり閉じたりするのが気になって仕方がない。
唇が動くたびに意識が吸い寄せられそうになり、これではいけないと下唇をグッと噛み締めた。途端にじわりと鉄臭いものが口内に広がる。
「鬼の前で血を流すなど、殺されてもおかしくありませんよ? そういう胆力の強さも好ましいとは思いますけれど」
美しい顔がニィと笑みを浮かべた。恐ろしいはずの鬼の笑みだというのに、畏怖よりも夢見心地のようになっていく。
そうだ、これは酒を飲んでいるときの感覚に似ている。酩酊とまではいかないが、酒精で頭も体も程よく解れたときのような状態に近い。
「わたしを前にしてここまで自我を保てたのは、あなたが初めてです」
「……ッ、」
「あぁ、それ以上唇を噛まないでください。鬼の血を半分しか持たないとはいえ、目の前で血を流されるとわたしのほうがもたなくなりますから」
「鬼の血を、半分……?」
気になる言葉に、つい問い返してしまった。鬼の血が半分とはどういう意味だろうか。
「わたしは鬼と妖魔の合いの子なのです。こうして好みの相手を前にすると妖魔の血が勝 って、誘惑の力が勝手に滲み出てしまうのですよ」
「よう、ま?」
「人にとってはどちらも鬼に変わりないでしょうけれど。あぁ、本当によい体をしている。きっと……こちらもすこぶる立派なのでしょうね」
「!?」
うっとりした声と同時に、腹に添えられていた鬼の手がすぅと下に動いた。そうして、こともあろうに俺の逸物に触れてきたのだ。胸を撫で回していたときのように、いや、それよりももっと大胆に、それでいて形を確かめるようにしっかりと手のひらを押しつけてくる。
「ふふ、思ったとおり逞しいこと。あぁ、もう我慢できません」
目の前にあった美しい顔が再びニィと笑った。
一瞬にして意識を奪われてしまった俺は、鴉丸 を奪われるという大失態を犯してしまった。それどころか着物を剥ぎ取られ、文字どおり丸裸にされた状態で鬼の前に転がることになった。
・
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「なんて逞しい体でしょう……」
うっとりした声が聞こえる。背中に冷たい床を感じながら、腹と胸には火照るような熱を感じていた。
「ふふ、たまらない肉付きだこと」
「……ッ」
胸を撫で回していた鬼の手が、再び揉むように動き出す。まるで女にするような手つきにギョッとし、逃げるように腰が動いてしまった。
しかし鬼に乗っかられた状態ではずり上がることも難しく、逆に腰同士を絶妙に擦れ合わせることになってしまった。そのせいで否が応でも昂ぶる己を感じてしまい、ますます情けない気持ちになってくる。
(退治すべき鬼を相手に、俺は……俺は……ッ)
鬼に組み伏せられたこの体は、間違いなく欲情していた。息はわずかに上がり、胸はいつもよりも忙しなく鼓動を打っている。なによりもさらけ出された逸物はこれでもかと言わんばかりに猛々しくそそり勃っていた。
そんな俺の体を目にした鬼は直衣や袴を脱ぎ捨て、単を羽織っただけの姿で腹に跨がってきた。真っ白な単よりも白い鬼の肌は、興奮しているのかうっすらと桃色に染まっている。それよりも濃い桃色に変化した目元がやけに目についた。
そんな状態で艶やかな黒目にじっと見つめられれば、相手が鬼だとわかっていても興奮しないわけがない。何を血迷っているんだと思っても、体の内側から沸々とせり上がるように熱が広がってしまう。
俺は己を保つのに必死だった。「これは鬼だ、鬼の力に惑わされているだけに過ぎない。俺は何のためにここまで来たのかを思い出せ」と何度も必死に言い聞かせた。熱に浮かされたようなこの感覚が鬼のなせる技だとしたら、呑み込まれるわけにはいかない。せめて一太刀浴びせなければ死んでも死に切れない。
そう思い、ぐらぐらと揺れる意識に活を入れながら胸を揉みしだく鬼を睨みつける。
「この状況になってもそのような顔ができるなんて、思った以上に強いのですね。ますます興味が湧きました」
「興味など、とッ」
「ふふっ、すっかり胸の先が膨らんで……なんて美味しそうなんでしょう。あぁ、食べてしまいたい」
「なに、を……ッ!?」
揉みしだいていた手が離れたかと思えば、乳首をきゅぅと摘まれ息を呑んだ。今度は何をしようとしているんだと己の胸に視線を向けると、鬼の紅い唇がそれを含むところが目に入る。
「……ッ!」
初めての感覚に、腹にクッと力が入った。左の乳首が生温かいものに包まれたかと思えば、熱く滑ったものが纏わりつくように触れる。
あまりの出来事に、視線を逸らすこともできずに鬼の顔を凝視してしまった。すると、乳首に吸いついたままの鬼が俺を見ながらニィと笑みを浮かべている。
「お、い……ッ」
何かよくないことが起きる――咄嗟にそう感じた俺は、慌てて鬼に声をかけたが遅かった。なんと、鬼が吸いついている乳首に噛みついたのだ。
心臓に噛みつかれたのかと思うほどの衝撃と痛みに息が詰まった。これまで刀傷を負ったことも弓矢に腕を射貫かれたこともあったが、それらよりも鋭く恐ろしい痛みに体がぎゅうと硬直する。
「おや、こういった痛みは初めてでしたか」
「……っ、く、」
「案外悪くないでしょう? それに……あなたのここは、より一層逞しくなったようですしね」
「ふぅッ」
鋭い痛みを感じている乳首をベロリと舐め上げた鬼が、同時に逸物まで撫で上げてきて思わず声を漏らしてしまった。さらに俺を絶句させたのは、そこがかつてないほどいきり勃っていたことだ。
そんな馬鹿なと頭が真っ白になった。美しい顔をしているとはいえ相手は男、しかも鬼だ。その鬼に組み敷かれ、胸を揉まれ、あろうことか乳首に噛みつかれて興奮してしまうとは……。
衝撃に戸惑っている間も、逸物は萎えるどころかますますいきり勃った。これでは鬼の着物や腹を汚していたに違いない。そしていまは逸物をゆるゆると撫で擦る鬼の手を汚している。
「あぁ、本当に立派だこと」
手を動かしながら鬼がうっとりした声を出した。鬼も興奮しているのか、俺の太ももに尻を擦りつけるように動かしている。
(これではもう、閨のようでは、ないか……っ)
御帳がなく上に乗っているのが鬼の男というだけで、状況は完全に閨事のそれだった。
俺は鬼退治に来たはずなのに、鬼に欲情され鬼に組み敷かれている。「どうしたことか、なんということだ」と思っても相変わらず体は動かない。これが鬼の言っていた力のせいだとして、ではどうして俺までもがこれほど欲情してしまっているのだろうか。
「意識を保ったままの人と交わるのは初めてですが、なにやら底知れぬ興奮を感じますね」
交わる、だと? よもや、この鬼は俺と本気で閨事に挑もうというのか。……まさか、俺を女のように扱いたいと、屈服させたいと思っているのか! ギョッと目を見開いた直後、ザッと血の気が引いた。
俺はこれまで男と閨事に及んだことは一度もない。貴族や公達の間ではそういったことも流行っているようだが、鴉丸 に相応しい力を得ることにのみ精進してきた俺は、籠もる熱を鍛錬で発散してきた。
それでも発散しきれないときは、屋敷の女房で散らしてきた。貴族にとってはそれが普通のことで、そういう相手をする女房たちがいるのも貴族屋敷としては当然だった。
そんな俺が、まさか鬼に挑まれようとしているとは。
想像するだけで恐ろしかった。同じ男、それも退治すべき鬼に抱かれるのは屈辱と恐怖以外の何ものでもない。貴族ながら体を鍛え武士 よりも強いと自負している俺にとっては、自尊心を根こそぎへし折られることに等しい行為だ。
(……そうか、それが鬼のやり口なのか)
これでは腕に覚えのある者は都に帰って来られないだろう。たとえ殺されなかったとしても、鬼に手籠めにされたなど口が裂けても言えない。それが「鬼退治に行くぞ」と宣言した公達や強者 たちならなおさらだ。いっそのこと身を隠してしまいたいと思っても不思議ではないし、それなら誰一人都に帰ってこないのも頷ける。
俺は腹にグッと力を入れ、うっとりと俺を見下ろしている美しい鬼の顔を睨みつけた。
「おまえの、いいようには、させない」
何とか絞り出した俺の言葉に、なぜか鬼はますます蕩けるような笑みを浮かべた。
「本当に、なんと胆力の強いこと。……あなたこそ、わたしが長く求めていた存在かもしれません」
そう言って紅い唇をひと舐めした鬼の姿に、俺はすべてが終わったと覚悟した。
俺はここで鬼に食われるのだ。命は取られないかもしれないが、鬼に手籠めにされた自分のことを許せるはずがない。
事が済んだら命を絶とう。鴉丸 だけは何とか取り戻し、母上の手元に届くように手配をしてから一人どこかの山奥で死ねばいい。
すべてを諦め、冷静に今後のことを考えた。心は絶望に染まり不甲斐ない自分に腹立たしくなったが、そんな気持ちとは裏腹に体はますます熱くなっていく。猛々しくなった逸物が、鬼の手に悦びの蜜を溢れさせているのもわかった。そんな自分を情けなく思いながらも、すべてを断ち切るようにスッと目を閉じた。
(さぁ、やるのならさっさとやってしまえ)
半ば自暴自棄になった俺の上で、ごそごそと衣擦れの音がした。鬼が最後まで纏っていた単を脱いでいるのだろう。
わずかに離れた鬼の熱が、再び腰のあたりに触れた。もはやこれまでと覚悟を決める。
(さぁ、こい。どんなことをされても、決して声だけは出すまい)
唇をグッと噛み締め、そのときを待った。ところが思わぬところに予想外の熱と感触を感じ、思わず目を見開いてしまった。
視線の先には、腰に跨がり足を大きく開いた真っ白な肌がある。中心には男の証がいきり勃ち、滑っているのがよくわかった。その腰が静かに俺の腹に下りていき……俺の猛々しい逸物を己の尻に差し込むのが目に入った。
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