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第12話

「カラギ、背中を拭いますよ?」 「あ、あぁ、頼む」  金花への返事がぎこちないものになってしまった。金花も俺の不自然な様子に気づいているだろうが、背中を拭う手つきはいつもと変わらない。  鬼の王の話を聞いて以来、どうしても金花への態度がぎこちなくなってしまう。それもこれも、どうして金花が鬼の王の使いだという烏天狗の羽根を持っていたのか、それが気になって仕方がないからだ。 (だからと言って、訊ねることはできないしな)  これまで金花は、問えば鬼について包み隠さず教えてくれた。だからといって鬼の王のことも話せるかと言えば、さすがにそうはいかないだろう。いくら鬼に蔑まれ孤立した存在だったとしても、半分は鬼だ。人が鬼に帝や御所のことを話さないのと同じで、鬼の王のことをそう簡単に話すとは思えない。  そう考えると、いくら知りたいと思っていても無理に聞き出すのはためらわれた。 (何より、聞いてしまえば金花との間に決定的な何かが生まれてしまうかもしれない気がする)  俺はそれが何よりも恐ろしかった。  もし金花との間に溝のようなものができてしまえば、いまのように側にいることは叶わなくなるかもしれない。仕方なく都に連れて来たときなら何とも思わなかっただろうが、金花への思いを自覚したいま、己のひと言で決別しかねないことを実行しようとは思わなかった。 (しかし、鴉丸(からすまる)を持つ身としては鬼の王のことは知りたいところなんだが……)  赤い目の鬼だけでなく、鬼の王までもが都に現れるようになってはたまったものじゃない。そのためにも鬼の王とはどんな存在なのか、鴉丸(からすまる)や八幡大菩薩の加護で対抗できるのか、そういったことを知りたいのが本音だ。  知りたい、でも訊ねられない。そういう矛盾した気持ちが金花へのぎこちない態度に出てしまうのだろう。救いなのは金花のほうに変化がないことだ。  金花への気持ちを自覚して以来、夜毎の交わりがますます激しくなった。前々から精魂尽き果てるのではないかと思うくらいではあったが、いまでは俺のほうから挑むことも増え、時折り牛車の中のときのように金花が先に気を失うこともある。 (子種を吐き出す回数は確実に減ってきているんだがな)  吐き出す回数が減ったぶん、俺の精力が長く保つということかもしれない。がむしゃらに突き上げたい欲よりも、金花を乱れさせたいと思う気持ちが強くなった。自分の気持ちよさもさることながら、金花に泣くほど()い思いをさせたいとも思っている。  そんな気持ちがあるからか、金花の体に触れるのが楽しくもなった。とくに胸は熱心にいじるようになったところで、指で捏ね、コリコリと摘み、爪で弾くと白い肌がサッと赤らむのがたまらなくいい。口に含めば程よい硬さが癖になる心地よさで、金花が俺の乳首を何度も()むのがよくわかった。 (しかも、この俺が男の逸物を口にする日が来るとはな)  これまで金花に逸物を咥えられることはあっても、己が金花のものを口にすることはなかった。さすがに同じ男のものをとためらう気持ちが強かったからだが、好いた相手であれば女も男も関係なかった。  あまり使われていないような美しい色合いの逸物は、舌で舐めても口の中で味わっても嫌悪感など一切湧かなかった。むしろ俺の口で震えながら大きく育つ様はたまらないもので、気がつけば金花がするような舌使いで追い詰めることさえある。 (なにより尻の中がたまらないんだ)  あれはもはや尻ではない。女でもあれほどの悦楽を感じたことがないのに、金花の尻は初めから恐ろしいほど具合がよかった。そこに気持ちが伴えば極楽浄土の心地よさと言っても過言ではないだろう。  昨夜もあまりの心地よさに何度突き上げたかわからない。どうやら手前付近に()いところがあるらしく、それを逸物の切っ先でぐぃぐぃと押すように擦ると金花が悶えるように悦ぶ。そうして泣かせているうちに尻の中が柔らかく濡れ、そうすると奥まったところが綻び俺の逸物を迎え入れてくれるのだ。 (あれはまさに極楽浄土だな)  わずかに狭く締まったところをぐぐぅと抜けると、途端に柔らかくねっとりしたものに切っ先が包まれる。あの奥まったところは比べようがないほど心地いい。  そこに逸物を入れると金花の体は震え始め、美しい逸物からはとろりとろりと透明な液体がこぼれ出す。そのうち太ももが震え、腰が小刻みに揺れ、悲鳴のような声が漏れ――全身を薄桃色に染めながら法悦に入るのだ。  その姿は天女かと思うほど美しく、それでいて恐ろしいほど淫らでもあり、俺の逸物はあっという間に子種を撒き散らしてしまう。その子種を奥へと注ぐ瞬間、なんとも言えない征服感と達成感があり……。 「こちらも拭ったほうがよさそうですね」 「……っ!」  しまった、またやってしまった。  金花の側にいると、どうにも淫らなことをあれこれ思い出してしまう。すると俺の逸物は呆気なく天を向き、溜め込んでいるかのように猛々しくなった。もちろん金花がそれに気づかないはずもなく、ニィと笑みながら「なんて逞しい」とうっとりため息をつく。 「ふふっ、昼日中からとお叱りにはならないのですか?」 「うるさい。……このままでは、互いに、その、つらいだけだろう」  すでに滾っている逸物を撫で擦っている金花の目が、とろりと笑む。 「体も気持ちも素直になったカラギは、ますますかわいいこと」  そう微笑んだ金花は手慣れた様子で袴をしゅるりと緩めた。そうして取り出した俺の逸物を両手で握り、美しい顔を寄せるように身を屈める。鍛錬したあとで全身汗まみれなのだが……と一瞬思ったが、そんな俺の逸物にためらうことなく触れる金花の姿に、さらに逸物を大きくしてしまったのは仕方がないことだった。 ・ ・ ・  昼日中から庭先で金花と交わった俺は、多少の後ろめたさを感じながらも心身ともに充実していた。いまだに床板や壁板をカリカリと爪で掻くのが気になるが、閨後独特の色気をまとっている金花を見るたびに、やはり充足感を覚える。  そんなとき、来客を告げる女房の声が聞こえた。 「光榮(こうえい)殿? 陰陽寮の架茂(かも)殿が?」  意外な名前に眉をひそめた。俺は陰陽寮に好かれていない。むしろ煙たがられているほうで、朝廷で顔を合わせても誰一人話しかけてくる者はいなかった。俺のほうも好かれていないことを知っているから、わざわざ声をかけることはない。  先日の御所では久しぶりに共闘することになったが、普段は鬼退治ですら協力することのない間柄だった。 「武士(もののふ)を嫌う光榮(こうえい)殿が、なぜ俺のもとに……?」 「カラギ、わたしも同席してよいですか?」 「はぁ!? 何を馬鹿なことを言っている。家族でもない男の前に身を晒すなど、あり得ないだろう!」 「おや、たったいま熱く激しく交わったのですから、余所の男に目移りなどしませんよ?」 「……ッ! おまえと言う奴は……っ」 「ふふっ、冗談です。わたしも鬼のことは気になっているのです。またカラギが怪我をしないか心配しているのは本当ですよ」 「~~……っ」  そう言われてしまうと駄目だと強くは言えない。しかし表向き俺の奥方である金花が、客に堂々と姿を見せるのはやはり問題がある。 (かと言って公達の格好をさせるのも……)  御所前で見た姿を思い出し、やはり駄目だと頭を振った。あの姿をしても金花の美しさは隠しようがない。貴族や公達の間では男同士で懇ろになることもあり、陰陽寮がそうでないとは言い切れない。  それに金花は母上や兄上さえも勝手に惑わしてしまう“ようま”の力を持っている。いまのところ女房たちには影響がないようだが、主人を見るには熱すぎる眼差しを向ける女房たちがいることには気づいていた。  そう、金花は男女問わずどうしようもなく人を惹き寄せてしまうのだ。光榮(こうえい)殿がその餌食にならないとは言い切れないし、得体の知れない気配から金花の正体が露呈しないとも限らない。  わかっているのに、黒目でじぃと見られると駄目だとは言い続けられなかった。 (つくづく俺は金花に弱くなったな) 「同席は許す。が、あくまでも俺の奥方としてだ。本来あり得ないことではあるが……、そうだな、母上の代わりとでも説明しよう。実際、母上も大層心配して帝へ何度も文を届けている。光榮(こうえい)殿も否とは言うまい」  苦しい策ではあるが、部屋の奥に几帳を用意し、その奥でおとなしくしているならば何とかなるだろう。そもそも俺の奥方であれば普通の姫君ではないだろうと光榮(こうえい)殿もわかっているはず。 「カラギの嫉妬深さは、もしかしてわたし以上かもしれませんね」  さもうれしいと言わんばかりの金花の笑みに、俺はふぃと顔を逸らした。そうでもしなければ、この顔の赤さを指摘されると思ったのだ。  そうしてあれこれ用意をして迎えた光榮(こうえい)殿は、相変わらず口元を歪めながら俺を見た。 「まさか奥方も一緒とはな。いや、大層仲睦まじいと朝廷でも噂になっていたから、さもありなんというところか。さすがは武士(もののふ)のごとき振る舞いをしている貴殿だ。普通の貴族ではあり得ないな」  開口一番がこれとは、光榮(こうえい)殿は本当に俺のことを嫌っているのだろう。それなのにわざわざ屋敷にまで現れるとは、一体どういうことだろうか。 「袿の色合いや模様を見る限り、なるほど斎宮様に長く仕えていたのは嘘じゃないようだな」  最後に「ふん」と息を吐くあたり、金花にもよくない印象を抱いているに違いない。 (これからますます気をつけなければ)  もし金花が鬼だと知られれば、間違いなく陰陽寮が率先して退治しようとするだろう。先日のように公達の格好であっても外をうろつかないように言い含めなければと改めて決意する。 「それで、此度はどのようなご用件でしょうか」 「あぁ、この前の鬼について少々訊ねたいことがあってな」  この前の鬼、という言葉にどきりとした。あの鬼を退けるきっかけとなった烏の羽根は鬼の王に関係している。さらに金花が俺を救うために用意したものだ。もしやそのことに陰陽寮が気づいたのではないかと冷や汗が滲む。 「あの鬼、貴殿を知っている様子だったが何か因縁でもあるのか?」  想像していた内容と違い、「あぁ、そのことか」とわずかにホッとした。 「以前、母を狙ってこの屋敷に現れた鬼です。そのときもやりあったので覚えていたのでしょう」 「あぁ、あの報告のときの鬼か」  報告をしに朝廷へ参上したとき、あの鬼のことと都では姫君が狙われやすいということを話した。あまり興味を持っていないように見えたが、一応は聞いていたらしい。 「そういやあのとき、鬼は貴族の姫を狙うのだとも言っていたな。貴殿はなぜ我らも知らぬ鬼のことを知っていたのだ?」 「それは、……俺は鴉丸(からすまる)を賜っている身、鬼のことはよくよく調べるようにしています。それに蔽衣山(おおえやま)へ向かう途中、山伏たちからちょうど都の鬼についての噂もあれこれ聞いたところだったのです。それを報告したまでのこと」 「山伏に、なぁ」  光榮(こうえい)殿の目がぎらりと光ったような気がした。いや、いまの会話に金花の名は一度も出ていない。金花のことが知られてしまうはずがない。 「それにしてはあの鬼、貴殿にえらく執着しているように見えたが?」  光榮(こうえい)殿の言葉に、几帳の奥の空気がピンと張り詰めたのがわかった。几帳からちらりと見えている袖の端がするすると床を這うように動いているのは、苛立った金花が腕を動かしているからだろう。 「俺というより鴉丸(からすまる)が気になるのではないでしょうか。いま都に鴉丸(からすまる)以外の退魔の太刀はありません。鬼にとっては厄介な存在でしょうから」 「なるほど、そうかもしれぬ。……が、そうでないかもしれぬわけだ」  光榮(こうえい)殿の持つ檜扇が、パチンと軽い音を立てて閉じられた。どういう意味か理解できないという表情を浮かべながらも、さすがは陰陽頭(おんみょうのかみ)の息子だと息を詰める。 (このままでは金花のことを悟られるかもしれない)  蔽衣山(おおえやま)から持ち帰った鬼の腕を見聞したのは陰陽寮だ。見た目や気配だけで鬼だとわかる可能性もある。これ以上ここに留まってもらうのは都合が悪いが、さてどうやって追い返したものかと考えていると、するすると足音が近づいてきた。 「架茂光榮(かものこうえい)様、当家の主人がぜひこちらにもお越しをと申しております」 「三の姫宮様が?」  廊下からかけられた女房の言葉に光榮(こうえい)殿が眉をひそめたのは一瞬で、すぐに朝廷でよく見る笑顔に変わった。それもそうだろう、母上は降嫁したいまでも帝と非常に仲が良い。嫌っている俺と話を続けるよりも、母上の元へ行ったほうが有益だと計算したに違いない。 「三の姫宮様がお呼びとのことゆえ、わたしはこれで失礼する」  正直、助かったと思った。このまま金花への興味も失ってくれればよいのだがと心底願う。今後も陰陽寮には気をつけようと思いながら、光榮(こうえい)殿を見送るため廊下へと出る。 「あぁ、そういえば」  女房に促されながら歩き出した光榮(こうえい)殿が、すぃと振り返って口を開いた。 「貴殿の奥方がこちらに来られたのは、蔽衣山(おおえやま)の鬼退治を終えたのと同じ時期だったな」 「そう、ですね。蔽衣山(おおえやま)へ向かう途中、大神宮へも参拝し、そこで偶然にも出会ったのです」 「なるほど。それはまた運のよいことだ」 「運がよいとは?」 「なに、奥方は三の姫宮様に劣らぬ美しい姫君と聞き及んでな。長く誰も成し得なかった鬼退治に成功し、さらに美しい奥方まで迎えたとなれば運がよいと言ってもよい僥倖だろう?」  光榮(こうえい)殿の口元は檜扇で隠れていたが、おそらく笑んでいたのではないだろうか。……もしや、何か気づかれてしまったか。  後ろ姿が見えなくなってもなお、俺の脳裏には光榮(こうえい)殿の言葉がぐるぐると渦を巻いていた。

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