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第2話 「いや、聖女って……、俺、男なんだけど」

「……は?」  省吾は目を丸くして周囲を見る。  石造りの荘厳な一室だった。ドーム型の部屋の中に男女が数人立っている。  正面に立派な椅子に座った地位の高そうな老人が怪訝な顔をして省吾を見ていて、彼の周囲を騎士のような鎧を着た男が数人取り囲んでいる。  さらに視線を横にずらすとローブを纏った数人の男女が不思議そうな顔をして省吾を見つめている。 「……これが、聖女か?」  正面の老人が省吾の隣にいた青年に尋ねる。うすい背中までの銀髪に碧眼のたれ目、右目の下に泣き黒子のあるその男は小首をかしげた。 「そのはずなんですけどねぇ~」  男はほんわりとした口調で応える。体も華奢でいかにも学者という風貌だった。浅葱色のローブに司祭のような肩衣をつけている。 「いや、聖女って……、俺、男なんだけど」  俺は老人に向かって答える。周囲の騎士たちが目を見張ったが、老人は動じる様子なくふむ、と顎に手を当てた。地位の高い人物なのだろう。  「だよねぇ~、どう見ても男性の体に見えるよねぇ~」  男は小首をかしげる。ふと足元を見ると魔法陣のような模様が描かれていた。 「能力さえあれば男性の体でも女性の体でも構わん。それについてはわかるのか?」  言われ、男は省吾の方に向き直った。 「ちょっとごめんねぇ~」  言うと男は省吾の服を剥ぐ。学ランである省吾の服の構造を知っているのか、あっさりと男は省吾の腹を出した。 「あ、ありましたぁ~」  男の視線の先をたどり、省吾も自分の腹を見る。そこには昨日までには確実になかったはずのタトゥーのような紋章が刻まれていた。中央に六角形が描かれており、その横に目盛りのような線が刻まれている。更にその周囲に文字のような記号が円を描くように刻印されていた。 「聖女の証拠ですぅ~。よかったぁ! 召喚成功ですねぇ~」  ぱん、と男は手を叩く。服をまくられているために至近距離で見られることになり、省吾は男を咄嗟に突き飛ばした。 「おい!」  騎士の一人が飛び出す。男の顔を見て省吾は目を丸くし固まった。  男の顔は連にそっくりだったのだ。髪の色も、瞳の色も連と同じ濡れたような黒で、そのまま蓮がコスプレをしているのかとすら思う。 「ノア……、召喚士に対して何をするんだ」  騎士は省吾と銀髪の男、ーーノアというらしい、との間に立ちふさがる。 「あ、そうだ、悪い。思ったより強く押しちまった」  省吾もノアに対して謝罪をする。普段サッカー部の男たちとふざけて押し合うような力は華奢な彼に対しては強かったようだ。  騎士もノアも目を丸くして省吾を見る。  ノアはすぐに笑った。 「いいよぉ〜。確かにいきなりお腹を見られたら気持ちいいものじゃないよね。ミロ、俺は大丈夫だから王様の警備に戻りなよぉ~」  やはりあの老人は王だったのか、と省吾は横目で老人を見る。  そして、連にそっくりな男はミロというのか、と省吾は少しずつ高鳴っていく心臓を押さえて思う。別人だとわかっていても、数時間前にフラれていても、未だ恋心は捨てきれていないようだった。  ミロはノアと省吾を交互に見てから表情を消して隊列に戻った。 「すまないな、私の親衛隊が粗相をした」  王に話しかけられ、省吾は姿勢を正す。わけがわからないながらも王様に話しかけられたのだ。小市民である省吾はどうしても緊張してしまう。 「いえ……。あの、結局ここはなんなんですか? 聖女ってなんなんですか? 男でもなれるんですか? てか、なんで俺とあなた達は言葉が通じているんですか?」  疑問が次から次へと湧いてくる。日本語以外分からない省吾は白色人種に見える彼らとは言葉が通じないはずである。  ノアが左手をあげて省吾の視界に映りこんだ。 「それは俺の口から説明させてもらうねぇ~」  ノアの人差し指が床に描かれた魔法陣を示す。 「君はこれで異世界から召喚されたんだぁ~。聖女……、うぅん、この言い方は奇妙だねぇ。女性に限定されるからねぇ。とりあえず、俺たちの世界の言葉では「ヒジリ」って言うんだけど、この言い方でもどう翻訳されるんだろうねぇ」  ヒジリ。聖ということでいいのだろうか。  省吾は脳内で漢字を思い浮かべる。漢字を思い浮かべられる語句に変換されていること自体、これも翻訳の力なのだろうか。 「あ、翻訳って言うのはね、今僕たちの言葉と君の言葉で自動的に翻訳がなされているんだぁ~。それもここに書いてある術式のおかげなんだけどねぇ」  言ってノアは今度は触らずに省吾の腹を指さす。 「で、俺たちが君を呼び出したのはねぇ、君に俺たちの国を守って欲しいからなんだぁ~」 「……あ?」  省吾は眉根に皺を作る。確かに異世界転生モノのセオリーだが我が身に降りかかると話が違う。省吾はこれといった取り柄のない一般学生なのだ。 「うんうん。そういう反応だよねぇ~。前代のヒジリ様もそういう反応だったらしいよぉ~」 「……前代のヒジリ? そいつは今どうしてるんだ? そいつじゃだめなのか?」  尋ねると、ノアは悲しそうに眉尻を下げた。 「それがねぇ、前のヒジリ様は一昨年亡くなられたんだぁ。で、その時の召喚士も亡くなられちゃってたから、俺が今回初めての召喚をしたんだよぉ」 「……はぁ」  それ、失敗してんじゃね?   そう言いたいのを省吾はすんでのところで堪える。先ほど自分の腹にあった紋章を見る限り、成功と言えるのだろう。  王も能力さえあれば男でも女でも構わないと言っていた。  そういえば、と省吾は動きを止めた。 「能力って何のことだ? 俺は何をやらされるんだ?」 「セックスだよぉ」 「……は?」  まるで女性のような男の笑顔での言葉に省吾は聞き間違いかと思った。 「だから、セックスだよぉ」  聞き間違いではなかった。 「セックスって、誰と?」 「誰でもいいよぉ。そして君が気持ちよくなれば、君のお腹の、さっきの紋章に力が溜まるんだ。で、その力を使うとねぇ」 ノアは省吾の腹に人差し指を近づける。触れそうで触れない距離だった。 「俺たちの街に魔獣が訪れなくなるんだぁ」  ますます意味がわからない。  気持ちよくなったら力が溜まるって何だ。  そもそも災害ってセックスで止められるのか。  考えていることが顔に出ていたのだろう、ノアは、ふふ、と小首をかしげた。 「嘘くさいって顔してるねぇ」 「まぁ……、そりゃ」 「そうだよねぇ。未だにこの世界では魔獣とセックスとヒジリ様の因果関係が解明されていないんだぁ。そもそもヒジリ様は一人しか召喚できない。サンプル数が少ないんだよね〜。君が死なないと次のヒジリ様は召喚できないんだぁ」  省吾の顔が強張る。  つまり、このまま省吾が駄々をこねた場合、彼らの望む”聖女”様を呼び出すためには省吾は殺される可能性があるのだ。  青くなった省吾の顔を見てノアは慌てたように両手を振った。 「あ、誤解しないでぇ。俺たちが君を殺すわけないよぉ。さっきも言ったでしょ? 君は二年ぶりに召喚できたヒジリ様なんだよ。今殺しちゃったら次にいつ召喚できるかわからないんだからぁ~」  だから安心しろ、と言いたいのだろうが、それは裏を返せば次のヒジリが召喚できるのであれば省吾は死んでしまっても構わないとも捉えられる。  いきなり召喚されたかと思えばいつ殺されてもわからないなんて。なんでだよ、と省吾は奥歯を噛んだ。 「私からも殺すつもりはないとは言っておきたい。この二年の間、我が国の情勢はかなり悪いものだったからな。魔獣が襲ってくるから人手が足りず産業も発達しない。孤児は増える一方だった。役目さえ果たしてくれれば厚遇を約束しよう」  王の言葉に胡乱な目で省吾は彼のほうを見た。  たしかに死にたい、とは思っていたが、さすがにこれはハードモードなのではないだろうか。  男である自分が嫌悪感を感じているのだ。女性が呼び出され、体のいい性奴隷として扱われていたとなると可哀想だと思ってしまった。人の事は言えないのだけれど。 「……てか、相手は誰でもいいって言ってたんだけど、そっちには制約はないのかよ」 「ないようだねぇ。用はヒジリ様の満足度に比例して安寧が訪れるようだから」 「満足度って……、どうやったらわかるんだよ」  強張った顔のまま省吾は尋ねる。 「それ」  再度ノアは省吾の下腹を指さした。中央に円が描かれており、ゲージのようにメモリがついている。 「君が満足していたらまるでビーカーに色水を流し込んだように満杯の表示になるんだって。今は全く溜まってないねぇ。満タンの状態で、俺のところに来てくれたら後は俺が君から力を取り出して色々して、終わり」  それってすごく恥ずかしいことなのではないだろうか。  省吾は無意識に先ほどのミロという男に視線を移す。彼は無表情で省吾を見つめていた。 「じゃあ、たとえば相手はお前でもいいのか?」  省吾はノアに向き直る。ノアは目を丸くした。 「え? 俺? いいけど、満足してもらえるかなぁ? 俺、初めてだけどがんばるねぇ~」  何故少し乗り気なのだ。省吾は口の端を引きつらせる。横目で見ると、ミロは嫌そうに眉をしかめていた。 「いや、えっと……、つまり、俺から指名することが出来るってことなんだな?」 「うん。歴代のヒジリ様たちはそうしていたよぉ〜。記録では毎回違う人にお願いしていた人もいるらしいし、なんなら街でも名のあるセックスワーカーさんたちをお迎えすることもできるよぉ~。男性でも、女性でもどっちでも大丈夫。実際、過去の女性のヒジリ様も男性に興味がもてなくてお妃様とセックスしていた人もいるらしいよぉ~。ちょっとしたNTRだよねぇ」  NTRに相当する言葉がこちらにもあるのか、と省吾はひっそりと考えた。  それから、ミロのほうを向く。 「なら、あいつがいい。ミロっていったっけ?」  周囲の視線がミロに向けられる。彼は目を丸くしていた。 「は? 俺?」  素で出た声なのだろう。すぐにミロは顔を引き締めて王のほうを見た。王は無表情で頷く。  ミロも顔から感情をなくして頷いた。 「お望みとあらば」  様子から彼がどう考えているかはわからないが、けっしていい感情ではないだろう、と省吾は思った。  どうせ誰かとしなければいけないのならば、前の世界で好きだった相手に似た相手を指名してもいいじゃないか。省吾はそんな事を考えながらミロを見ていた。  空気を読まないノアのおっとりとした声が響く。 「ミロなら安心だねぇ〜。よかったぁ」  安心、というのは慣れているのだろうか。詳しく聞こうとしたところで王がぱんぱんと手を叩いた。 「であるならば、さっそく今晩勤めに励んでもらおう。お前、名前はなんといった?」 「え、あ……、三崎省吾です」 「そうか。では省吾。お前はノアに居室を紹介してもらえ。ノア、よろしく頼んだぞ」 「はーい」

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