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第5話 「あれって、俺も参加することは出来ますか?」

 困った。  省吾はベッドに寝転がり、天井を見ながら考えた。  省吾は高校卒業後、電気工事士の仕事につく予定だった。大学に行くには金がなかったのだ。  本来ならば省吾は明後日には荷物をまとめて会社の社員寮へと引っ越す予定だった。けれど、いきなり異世界に飛ばされ、週に一度セックスをしていればあとは自由に出来ます、と言われてしまってもどうしようも出来ない。 「会社への連絡、どうしよ」  ぼそりと呟く。  聞くもののいない独り言は空中へ消えていった。不思議と気になるのはその一点だった。  母は、省吾がいなくても上手くやっていくだろう。ちょうど卒業したばかりで、省吾の事を気にする人間もいない。会社の人間も家に連絡くらいはするだろうが誰も出ない。サッカー部の奴らはどうかな。  グループラインは盛り上がっていても人が多いから省吾がいないことには中々気が付かないだろう。  蓮に至っては昨日のあの様子からして連絡すらしてこないだろう。 「……俺って、薄い人間関係しか築いてきてねーんだな」  省吾は乾いた笑みを浮かべる。  ふと、遠くから掛け声が聞こえた。懐かしい気のする複数の声につられて、窓を開けて声の主たちを探す。グラウンドのような広い土の地面に円が描かれており、男女の隊列が円に沿って走り回っていた。 「なんだアレ……。サッカー部の頃の走り込みみたいだな」  思いながら見ていると、中に見知った顔を見つけた。 「ミロだ……」  昨日自分を抱いた男がいる。とすると、あれは騎士の体力づくりの一環なのだろう。 「気になりますか?」  後ろからジェドに声をかけられた。いつの間にか省吾のすぐ近くまで寄ってきており、一緒に外を眺めている。 「あ、はい。俺もこの世界に来るまではサッカーっていって……、あー、わからないか? 運動を毎日していました」  ジェドは孫を見るような瞳で省吾を見た。省吾は年配の男性からこんなにも温かい視線を向けられたことがないので戸惑い、視線を外してしまう。 「あの……、あれって、俺も参加することは出来ますか?」  思いついて省吾はジェドに尋ねる。  老人は驚いたような顔をして省吾を見た。 「ヒジリ様には必要じゃないでしょう? 見た通り、苦しいトレーニングですよ」 「そうなんですけど、俺も中高6年間ずっと部活で走り込みとかしてたから、ああやって体動かしていないと逆に落ち着かないというか」  実際、省吾が就職する予定の会社も体力的に辛いと言われている電気工事の仕事である。高校の先生にも大変だと散々脅されたが、体を動かすことが好きな省吾はむしろ望んでいるところすらあった。 「なるほど……。承知いたしました。本来のご公務に差し支えない程度でしたら大丈夫でしょう。私のほうから騎士団に話をつけておきますね」  ニコリとジェドは笑う。  とりあえず今日は休んでください、と言われ、ジェドは部屋を後にした。  次の日、白い光を受けて省吾は目を覚ます。  やっと朝かと思った。昨日は異世界に飛ばされ興奮していたからか、夜中に何度か目を覚まし、その度に豪華な天蓋に違和感を覚えていた。  コンコン。  ドアがノックされてジェドが入ってきた。手には綿の服を持っている。 「昼から夕方にかけての3時間程度ならば参加してもいいとのことです」  省吾は服を受け取る。動きやすいように半袖のシャツと長ズボンだった。ズボンは紐で止める形式だった。 「ありがとうございます!」 「それにしても変わっていらっしゃるのですね。歴代のヒジリ様で運動をしたいとおっしゃられた方は省吾様が初めてです」 「そうなんですか?」 「はい。今までは昼まで寝て過ごされたり、ひどい人だと一日中寝て過ごされる方もいらっしゃいましたね」  そうしたい気持ちは省吾もわかる。不安と緊張で眠れなかったのだろう、と歴代のヒジリについて思いを馳せた。  ノアは省吾のおかげで国が守られているのだと言っていたが、それは裏を返せば自分がセックスをし、力を溜めないと国に魔物が襲ってくるということである。プレッシャーもあったのだろう。 「まぁ、俺は運動部だったから、体を動かしてないと夜上手く眠れないんです」  ニコリと笑う。昼が楽しみだった。  昼になり、ジェドに連れられて騎士団の稽古場に行く。騎士団長らしき男は省吾を見て膝をついた。 「この度は我々の鍛錬にお付き合いいただけるとのこと、誠にありがたく思っております」 「え!?」  まさかそう伝えられているとは思わず、省吾は慌てて騎士団長に駆け寄った。 「あの、すみません、そういうつもりじゃなくて……! 立っていただけないでしょうか!?」  驚いた省吾の様子に騎士団長は不思議そうに立ち上がった。 「俺、あちらの世界で運動部で、毎日走ったりサッカーしたりしていたので運動しないと体がなまるっていうか、上手く眠れなくなるんで……」 「ああ、なるほど」  すん、と団長は貼り付けたような笑顔になった。まずい。省吾は焦って続ける。 「あの、冷やかしと思われたら申し訳ありません! 体力的についていけなくなったら俺のことはほっといて頂いて構わないので……」 「いえ、そんなことは考えていませんよ。どうか我々とともに鍛錬にお付き合いください」  言うと団長は目を細める。年の頃は50代くらいだろうか。貫禄があり、すべての騎士を束ねる人間にふさわしいと思わせられる人物だった。  兵士は彼の下に大きく分けて3つのグループがある。一つは街を守る、いわば警察のような働きをしている人々。次に遠征として国外に出ていき、戦争をして領土拡大に努める人々。彼らは現在外に出ているために人は少ない。最後のグループが王や城を守る、いわゆる親衛隊のような位置にいる人たちだった。ミロもここに所属しており、更に細かく分けられた中の小隊長の立場にいるようだった。  レオのはからいで省吾はミロと同じグループに分けられた。ミロのほうはというと、少し目を見開いて軽く笑ったくらいで、後は特にリアクションをしなかった。薄い反応に残念に思っていたが、すぐにその理由がわかった。  一糸乱れぬ足運びに飛び交う掛け声、走り込み、筋肉増強トレーニングととにかくハードなのだ。  おかげで終わる頃には省吾はくたくたになり、隅の方で座り込んでいた。 「おつかれ」  休憩時間になり、木のコップに水を入れたミロが声をかける。省吾はノロノロとコップを手に取ると飲み干した。冷たい水が喉を通っていく感触に嬉しくなる。 「お疲れ様。ミロたちはいつもこんなキツイトレーニングしてんのか?」 「まだまだ。これから専門技能のトレーニングだからね。弓兵は弓の、砲兵は鉄砲、それから俺たち歩兵は剣の技術を磨くの」 「これからさらに鍛錬!?」  省吾は目を丸くする。反応がお気に召したのだろうか、ミロも、周囲の男女も楽しそうに笑った。 「でも、あなた、割と頑張ったほうだと思うよ」  女性兵の一人が省吾に話しかけてくる。省吾は騎士に女性がいることに対して最初は驚いていたが、今になると気にならなくなっていた。 「そうですか?」 「そうそう。先代のヒジリ様はまず練習に参加しなかったし、そもそも初めてだと成人の男ですらこの3時間で音を上げるもの」  そうなのか、と女性をまじまじと見る。彼女は鍛えられた体をしていた。 「俺ももっと早くにやめるって言うと思ってた」  ミロも話に加わる。 「まぁ、前の世界だったら夏合宿で一日8時間近く動き回ってたし」  なんとなく誇らしくなって省吾は胸を反らす。前の世界、という言葉が出た瞬間にミロの眉が潜められた。  なぜだ、とおもい聞こうとした瞬間、団長に背後から声をかけられた。 「ヒジリ様の鍛錬は本日はこれにて終了とさせていただきます。ここから先は武器、兵器を使った訓練となりますので、ヒジリ様のお体に万が一のことがありませんようお控えくださればと」 「あ、はい。今日は参加させていただきありがとうございました」  言ってペコリと省吾は頭を下げる。体育会系の上下関係の癖が抜けず、礼儀正しく直角に頭を下げていた。  おぉ、と周囲で歓声があがる。 「本当に異世界のやつはああやって頭を下げるんだな」  どこかで囁かれた声が耳に入り省吾は頬を赤くした。このポーズはこちらの世界の人間には奇妙なものに思われたのだろう。 「省吾、こっちでは敬意を表す場合には手を胸に当てて目をつむるんだ」  隣にミロが近寄っていて、耳打ちをする。慌てて省吾は姿勢を正して手を胸に当てた。  一泊おいて団長も胸に手を当てる。省吾よりも頭一つ分大きい彼の手はちょうど省吾の目の辺りの高さにあった。 「こちらこそ、最後まで鍛錬にお付き合いいただきありがとうございました」  言って瞳を閉じる。彼にならい、省吾も目を瞑った。  2秒ほどして団長は元の姿勢に戻り、両手を叩いた。 「では、残りのものは鍛錬を再開する!」   周囲は先程までの和んだ雰囲気はなくなり、自分の部隊へと戻っていった。  名残惜しい気がしながらも、省吾は迎えに来たジェドに連れられてその場を後にした。

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