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第4話 「じゃあ、さっそくエネルギーを頂くね」

 次の日、目を覚ました省吾はベッドで一人きりで眠っていた。  あれだけ汗をかいたというのにシーツもローブも乾いており、省吾の体も清められていたために性の匂いは一切感じなかった。 「起きられましたか?」  柔和な笑みを浮かべた執事が食事をもって入ってくる。ジェドと呼んでほしいと昨日名乗っていた。 「ちょうど朝食の時間です。ヒジリ様は規則正しいのですね」 「あー……、まぁ、運動部だったので」  体育会系の上下関係が身についているため、どうしても省吾は彼や王様のような年配の男性に対しては敬語を使ってしまう。 「そうなんですね。朝食はあまり重いものはよくないかと思い、ミルク粥とキャロルです」 「キャロル?」  初めて聞いた名前に、そちらのほうを見る。 「はい。こちらのフルーツです」  マンゴーのような外見をした黄色い果実があった。ダイス状に切られて更に盛り付けられていた。  なるほど、と省吾は思う。ミルク粥はニュアンスで翻訳されたが、キャロルは元の世界にはないものだったので翻訳されずに現地の言葉として伝えられたのだろう。  なかなかいい仕事をするな、と省吾は腹を撫で、はたと気が付く。  その場でローブを開いて腹を見た。ミロとする前までは三分の二しか貯まっていなかった紋章のメーターは今では満タンになっていた。  おぉ、とジェドは感嘆の声をあげる。 「これは素晴らしい! たった一晩で溜められるだなんて」 「……え、そうなんですか?」 「はい。歴代のヒジリ様たちは二日以上かかるのが当たり前でした。やはりこれまでにない男性体のヒジリ様ですから体力が違うのでしょうか」  言われ頬が熱くなる。 「いや……、それはあまり関係ないと思います。というか、俺の場合は……その……」 ミロがいたからだ。 蓮の顔にそっくりな、ミロが。 ごにょごにょと口の中で小さく言葉をつぶやいている省吾に何か思うところがあったのか、ジェドはにこにことした表情を変えずに返した。 「とにかく、素晴らしいことでございます。食事をなされたら早速ノア様のところにお向かいになってください」 「……ハイ」  これをノアに見せるのかと思うと気恥ずかしい。  食事はろくに喉を通らないだろうと思っていたが、ミルク粥もキャロルも美味しくてあっという間に皿の上には何もなくなってしまったのだった。  食事を食べ終わり、日中着るようにと言われたローブを身に纏うとメイドにノアの研究室に案内される。  彼の部屋は省吾の寝室からたった数部屋しか離れていなかった。  重厚な赤い扉を数度ノックすると中からノアの気の抜けた声が聞こえる。 「はぁ~い」 「ノア様、ヒジリ様をお連れいたしました」 「了解~。開いているから入って」  声とともに、メイドは扉を開けた。 「うわっ…………」  中には数台の大きな機械が置かれ、まるで錬金術師が実験でもしているようなカラフルな実験器具が中央の大きなテーブルに並べられている。テーブルの中央には巨大なガラスの筒が天井まで届き、煙突のように天井を突き破って外に出ている。  テーブルの周囲を取り囲むようにモニタみたいなものも設置されていた。壁には様々な器具や薬の入った棚が数台置かれ、小さな人型の人形みたいな、スライムのような何かが4〜5匹床を走り回っている。  現代と中世が融合した、スチームパンクのような不可思議な空間に省吾はただただ圧倒されていた。  中央のテーブルの横に設置された椅子に座っていたノアは省吾のほうを見ると昨日と同じ笑顔を浮かべて立ち上がり、近寄ってくる。 「お疲れ様~。どうだった? 昨日は」  尋ねられ、省吾はまたも顔を赤くする。背後でメイドがお辞儀をして出て行ったものだから部屋にはノアと省吾の二人きりになった。スライムのようなものが行き来しているので厳密には他に生物はいるのだが。 「あ~……、その」 「お腹見せてくれる?」  ノアは小首をかしげて近寄ってくる。気恥ずかしく思いながらもローブの前を開いた。 「わぁ!」  ノアは嬉しそうに省吾の腹を見る。 「すごい! たった一日で満タンになっちゃうんだ」  先程の執事と同じ反応に省吾は恥ずかしくなって視線をそらした。ノアは省吾を見上げる。 「ミロは、うまかった?」  言葉はからかうようなものではなく、確認するかのような響きがあった。黙って省吾は首を縦に振る。 「それはよかったぁ~。じゃあ、さっそくエネルギーを頂くね」  ノアは省吾の手を取ると奥の方にある椅子に座らせた。すると先程まで床を歩き回っていた小人スライムたちが集まってきて左右の肘置きにそれぞれの手を、椅子の脚に足を固定させるようにぎゅっと押し付けてきた。 「は!? 何!?」 「この子たちはラーリって言うお手伝い妖精さんだよぉ。ここの研究室についていて、僕よりも何代も前の召喚士さんの頃から仕えていてくれるんだぁ」  またもこちらの言葉が翻訳されずに伝えられた。透明なスライムの質感を持った小人妖精たちは表情がわからないながらもぎゅうっと省吾の手足を掴んでいる。 「……なんでこんな、拘束するような真似を?」 「ちょっとだけ気持ち悪いらしいからねぇ……。俺も体験したことはないけど」  そうなのか、と不安に思い眉尻を下げる。ノアは申し訳なさそうな顔をしながらも椅子の隣においてあったピンク色で枕くらいの大きさの鉱石を手に取った。 「え……、おい……」 「大丈夫! きっとすぐに慣れるよ」  省吾の腹の上に鉱石を置く。急に鉱石が光を発し、省吾の腹から何かが抜けていくような感触に襲われた。まるで腹の中にヘビがいて、それがへその緒から外に出ていくような、そんな気分だった。 「ぅう゛っ!……あ、あぁっ……!」  びくん、びくんと体を震わせて気色悪さに耐える。なるほど、だからラーリ達は省吾を椅子に押さえつけたのか。  腹の上にある鉱石が落とされないように。 「うわ……すごい、ビクビクってしてる……」  ノアはそう呟くと一層強く鉱石を腹に押し付けてくる。 「あぁっ……、ぐっ……、ひぎっ……」  眩しさに目を開けていられない。痛く気持ち悪い感触が終わり瞼を開けるとノアは満足そうな顔をして鉱石を持っていた。 「……こんなに輝くんだ」 「……なんだよ、それ」 「守護石って呼んでるよ。名前の通り、この国の防衛にとても役に立つんだ」  言いながらノアは省吾から離れる。ラーリたちもぴょん、と省吾の体から飛び降りると首を傾げながら省吾を見てきた。  ノアは守護石を大事そうに抱えながら再び中央のテーブルに戻る。ガラスの煙突のような筒の下の方に取り付けてある扉を開き、中に入れた。  シュゥウウウウ……。  レーザービームのような黄緑色の光線がガラスの筒の底の方から発射されると光を発しながら守護石が浮き上がった。  ノアはモニタを見ながら満足そうにうなずく。 「よかった。これで一週間の間は魔物が寄り付かない。おかげで国防の労力が大幅に減るんだぁ」 「なんでこれで魔物が寄り付かなくなるんだ?」  本当にファンタジーの世界に来てしまったのだな、と実感しながらも省吾は尋ねる。昨日も聞いたことではあるが、いまいち納得はいっていなかった。 「原因は解明されていないんだけど、異世界人だけが守護石に力を与えることが出来て、力が満タンになった守護石にこうやってレーザーを当てると魔物が嫌がる物質を撒き散らすんだぁ。あ、でも人間には無毒だから安心してぇ」  ノアは省吾に手招きをして窓の方に近寄った。窓を開けると城下町が広がっている。思ったよりも広大な領地だった。雑誌で見たヨーロッパの田舎にあるような家々が無数に立ち並び、運河や路地が城を中心に蜘蛛の巣のように這っている。その周りを囲むように巨大な壁が建造され、外敵に備えているようだった。 「で、煙突から外に出て、この上空に撒かれてるんだぁ」  ノアは幸せそうに省吾を見る。ノアにとって召喚士という仕事はこの街の人々を守る誇らしい仕事なのだろう。 「……そうか」  省吾はなんと言っていいかわからなくて虚ろに返す。  いきなり連れてこられて、大量の人間を守っているのだ、と言われても実感がわかない。しかも省吾がしたことと言えば前の世界で振られた男と似た顔を持つ男とのセックスである。 「俺は守護石の効力が切れるまでの一週間の間何をしていればいいんだ?」 「何でもしていていいよぉ~。あ、でも街から出ないでね。城から出るときも護衛をつけないと出ちゃ駄目」 「…………は」 「歴代のヒジリ様達だと、劇団を呼んで一日中お芝居をさせたり、石とか関係なくセックスをしたり、裁縫とかしていたらしいよ。省吾はなにかやりたいことはないの?」 「……そんなこと言われても」 「特にないんだったら、今日は休んでいたら? 初日から疲れちゃったでしょ~」  言われ、頷く。  ノアはメイドを呼び、彼女に連れられて省吾は部屋に戻った。

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