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第7話 「その代わり、私は高いわよ」

 それから30分後、省吾は馬車に乗っていた。車の中にはノアとジェドと省吾、それから御者席にはミロがいて、その背後を数人の騎士の乗った馬車が追う形になっている。 「大丈夫、彼は優秀なお医者さんだから、すぐに省吾を治してくれるよぉ~」  こうしてたどり着いた街の隅にある建物は、一言で言うならば「きらびやか」だった。  ガラスで作られた色とりどりのランプシェードが飾られ、黒い背景に金色で店の名前が書いてある。どうやら省吾の体に取り付けられた翻訳機能は文字に対しては無効のようでなんて書いてあるかはわからない。  レンガも赤と紫と金色でセンスよく塗り分けられ、一目見ただけでは何の店かわからなかった。  ノアはコンコンと扉を叩く。 「こんばんわ~。久しぶり~。ノアだよぉ~」  ゴトン!  中から何かを落としたような音はしたがその後開く様子はない。  少し待って、ノアは頬を膨らませた。 「……ミロもいるよぉ~」 「それを先に言いなさいよ!」  バタン!  勢いよく扉が開く。  中から出てきたのは紫色の髪を頭上で結い上げ、顔に化粧の施された長身の男だった。瞳がアメジストのように紫色に輝き、独特の雰囲気がある。 「あらやだ! ミロ~! 久しぶり! 相変わらずいい男ねぇ~」  男はミロの方に一直線に向かうとぎゅう、と抱きしめる。ミロは唇の端を引きつらせて彼の肩を掴み離そうとしているようだった。 「わぁ~、サイ。相変わらずだねぇ」  ノアはサイに向かって両手を伸ばす。彼もミロのようにハグ待ちなのだろうが、サイと呼ばれた男はノアに一瞥をくれただけだった。 「何の用よ」 「えぇ~、幼馴染が半年ぶりくらいに会いに来たんだからもっとこう、優しい対応を……」 「何が幼馴染よ! 私の幼馴染はミロだけで十分よ!」  きぃ、とサイはノアに叫ぶ。 「……なぁ、なんなんだ、これ」  省吾はミロに尋ねる。ミロは苦笑いをして答えた。 「俺とノアとサイは近所で育ったんだよ。で、サイはノアと一緒に召喚士試験を受けて、最終試験でノアに負けたから根に持ってんの。俺としては召喚士は1人しかなれないから最後まで残れたってのは十分誇っていいことだと思うけどな」 「違うわよ! もっと前からこいつのことが気に食わなかったのよ!」  びし、とサイは省吾の方を振り向いて大声で怒鳴る。 「私が王都中央学校に入るって言ったら『僕も入る~』って言って入ってきた10歳の時からずっと首席はコイツ、私はいつだって二番! 召喚士試験だって私が受けるって言ったら真似してきて、挙げ句に自分が受かりやがって!」 「えぇ~……、でも、副召喚士のポストは空いてたよ? それを蹴ってここで美容専門の医者やってるのはサイでしょ~」 「そこ! そういうところが! 嫌なのよ!」  なるほど。省吾は苦笑いを浮かべる。なんとなく関係がわかってしまった。  ミロもやれやれとでも言いたげな微笑ましい目で二人を見ている。ずっとこうなのだろう。 「で、アンタは? もしかして噂のヒジリ様?」  いきなり矛先が向けられたじろぎつつも省吾はうなずいた。 「え、あ、おう。省吾って呼んでくれ」 「私もサイでいいわよ。へぇ、今回のヒジリ様は女じゃないのね」  サイは省吾の顎を持ち上げ、顔を見分する。 「あらやだ、顔が私の好みじゃない。何? 何の用事? なんでも聞いちゃう」  にっこりと笑う。整った顔だと思った。 「あのね~、省吾の食事の成分分析をしてほしいんだ~」 「成分分析?」 「俺たちからしたら美味しいご飯でも省吾には毒になるものがあるでしょう?」  ノアの言葉にサイはふんと鼻を鳴らした。 「今更になってそれを言うの? ヒジリ様を呼び出してもう何日になるのよ」 「……それについては返す言葉もありません」  ぐ、とノアは俯く。ふん、とサイは鼻を鳴らした。しかし、まさか自分たちが当たり前に食べているものが自分たちと同じ姿形の人間にとっては毒になるとは中々思いつかないだろう。だから省吾が体調を悪くして初めて事態に気がついた。 「まぁいいわ。入りなさいよ」  こうしてサイはミロ以外の騎士は外に残し、省吾たち四人を招き入れたのだった。 「で、ヒジリ様は普段何を召し上がっていらっしゃるの」  奥の部屋にノアの研究室ほどではないが、機械が複数設置されている部屋がある。 「省吾でいいよ。えっと、今日の朝はミルク粥とキャロル一つと、お茶かな」 「それと、アールグレイの紅茶でございます」  ジェドが補足する。 「はぁ〜……、いいもの食べてるのねぇ。キャロルとか高級なフルーツじゃない。持ってきてるの?」 「はい。この三日の省吾様のお食事は少しずつ、けれど全種類作らせて持ってきました」 「話が早くて助かるわ」  サイはジェドから食事の入ったバスケットを受け取る。中には木製の器に皮で蓋をされた弁当のようなものが複数入っていた。  サイは皮を開けて左手をかざす。もう片方の右手では複数のガラスの管が入った器具に手を置く。 「っ……」  サイが力を込めると、ガラス管の中に様々な色の液体や気体、固体が現れた。 「へ!? なんだこれ」 「サイはこうやって物質をそれぞれの材料に戻す事が出来るんだぁ~。で、また再構築することも出来るの」  ノアが得意げに説明する。 「へぇ、魔法みたいなもんか」 「うん。こういう特殊能力がある人達が試験を受けて魔術師や召喚士になるんだよぉ」 「じゃあ、ノアにもこういう事が出来るのか?」  尋ねると、キョトンとノアは目を丸くする。 「省吾を呼び出したし、省吾に溜まっていた力を取り出したりしてたでしょ?」 「ああ、アレか!」  器具を使っていたのでそういう機械があるのかと思っていた。 「まぁ、俺はオールラウンダーだから器具を作るところから運用まで全部出来るよ〜。でも、逆に言えばコレと言った強みがないんだぁ。だから、サイみたいな目立つ個性がある魔術師には憧れるんだよねぇ~」    どうやら分解と再作成は特殊な能力らしく、ノアには出来ないようだった。だからわざわざ馬車で30分以上もかけてここまで来たのか、と納得した。 「そんな事言っても騙されないからね。ほら、分析結果出来たわよ」  うっすらと頬を赤くしたサイがうす茶色い紙に何やら文字を書いてノアに渡してきた。 「うぅ~ん、おかしいところはないと思うんだけどねぇ」  省吾も覗き込む。何を書いているかわからない。 「一応、読みあげてみろよ。こちらの成分と同じか分からないが、あからさまにマズい成分が入っていたらわかるんじゃねぇか?」 「そうだねぇ~」  ミロの言葉に頷き、ノアは文字を読む。 「ビタミンA2ミリグラム、ビタミンD0.5ミリグラム……」  そのレベルで分解していたのか。確かに中々できそうにないな、と省吾は思う。 どうやら翻訳機能によりグラムやビタミンといった省吾にもわかりやすい言葉に変換されているようだった。  世界は違っていても物質を構成する栄養素は同じらしい。 「タウリン5グラムグラム、カフェイン4グラム……」  へぇ、カフェインも入っているんだ。タウリンってたしか、エネルギードリンクでもよく言われてるよな。タウリン1000ミリグラム配合とか。1000ミリグラムが1グラムで……。  そこまで考えて、省吾は目を丸くして前のめりになった。 「リポビタンD5本分!?」  カフェインのほうはというと一杯のコーヒーに入っている量はせいぜい60ミリグラムだったような気がする。  母親が栄養に気をかけてくれない、というか半ばネグレクト状態で育った省吾は自分の健康は自分でなんとかしようというモットーで栄養学について勉強し、筋トレに活かしてきた。少ない金銭でタイムセールや閉店時間ギリギリに行き半額商品を狙いつつも体作りをするために主要な栄養素の摂取量くらいは覚えていた。 「カフェイン4グラムって4000ミリグラムだよな……」 「省吾?」  ぶつぶつ呟く彼にノアが怪訝そうな顔をする。 「それ、一日ごとの摂取量か?」  尋ねると、サイは頷く。 「そうね。一日あたりの摂取量。何か問題でもあるの?」 「問題しかねぇよ! こっちの人間にとっては毎日覚醒する薬を規定量以上飲ませられている計算になるんだよ」 「……………………え」 「…………そうなの」  サイとノアが目を丸くする。ミロも眉根を寄せて事の成り行きを見ていた。これまで食事を用意していたジェドは顔を青くしている。その反応からして故意ではないのだろう。 「……え、でもこれ、歴代のヒジリ様に食べさせても大丈夫だって書いてあって」  ふ、と思い出しジェドの方を見る。 「あの、前に歴代のヒジリ様は一日中寝て過ごす人もいたって言っていましたよね?」 「え、ええ……」 「それ、夜眠れなかったから睡眠不足で日中動けなかっただけなんじゃ……」 「…………」  ジェドは唇を震わせている。 「ふぅん」  そんな中で1人、サイだけは面白そうに口角をあげた。 「だから歴代のヒジリ様は短命だったのかしらね」 「短命?」 「そう。もって3年、早くて1年でお隠れになってたのよ」 「…………早くて1年?」  ぞくり。  省吾は心臓が粟立ったような錯覚を抱いた。  省吾の顔を見てサイは苦々しそうな顔をする。 「あらやだ。ノア、あなたそんなことも教えていないの?」 「……言う必要はないと判断したから」 ノアの声が重たくなっている。いつものように穏やかな雰囲気は鳴りを潜めていた。当たり前だろう、呼び出しておいて貴方はあと数年で死にますだなんて言えるわけがない。 「先代までの召喚士の力量が悪いんだと思っていた。俺ならそうはさせないって思った。第一、いたずらに怖がらせたくない」 「それで倒れて私のところに来たんでしょ?」  サイは唇を尖らせた。 「うん。間に合ってよかった。省吾が気づいてくれて助かった」  にこりとノアは省吾に向かって微笑む。 「ごめんねぇ~。腕の良くない召喚士で。省吾、今回は気がついてくれて助かったよぉ。今後もおかしいと思ったら教えてねぇ」  いつもの彼に戻っていた。ホっとする。先程のノアは冷たく見えて、怖かった。 「なぁ、サイ。お前、城に来る気はないのか?」  ミロの声に導かれるように再び視線がサイに戻る。 「はぁ? 私が? なんでよ。言っておくけど、ノアの下につくのは絶対に嫌だからね」  意外な提案だったのだろう、サイは嫌そうに腕を組んだ。 「栄養士として、食品から省吾にとって有害になるものを取り除いてほしいんだ」 「そんな簡単に言わないでよ……。第一、ノアの下で働くなんて絶対嫌よ」 「では、私の方でノア様とは別部署として処理させていただけるよう取り計らいましょう」  ジェドも話に乗る。  ふぅん、とサイは口角をあげる。 「そうね、なら、一日一時間だけならあんたの食べ物を見てあげようかしら」  言ってニィ、とサイは省吾の方を向く。 「正直ちょっと信じられないのよね。種類としては同じ人類なんでしょう? なのに、私達には何ともなくて、アンタには毒になる物質が存在するなんて。だから、アンタを近くで見てみたい」  彼の瞳がニィ、とチェシャ猫のように細められる。 「その代わり、私は高いわよ」  言って彼は胸を反らした。

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