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第18話 「省吾様はこの中にいてください」
「ちょっとアンタ! 一体どうしちゃったのよ!?」
サイが省吾の部屋に訪れるなり、開口一番にそう言いながら掴みかかってきた。後ろでジェドが困ったようにサイを引き離そうとするがびくりともしない。
「どうしたって……」
「ここのところ、グリフォンは空を徘徊しているし、野良ラーリが街中にまで入ってくるし、定期的にドラゴンが入ってこようと扉に体叩きつけてんのよ!」
言われ、省吾は目を瞬かせた。
「グリフォンやドラゴンってこの世界に存在したのか!?」
魔獣とばかり言われていたから実感がわかなかったが、具体的な種類をあげられると見たいとすら思ってしまう。
「当たり前でしょ!? そいつらが襲ってくるからアンタをわざわざ異世界から呼び出してるってのに」
サイの真剣な顔に省吾は一瞬喜んでしまった自分を戒めた。省吾にとっては架空の存在だったそれらはこちらの世界では存在してサイ達街の住人を苦しめているのだから。
「……悪い」
省吾はうつむく。サイは大きく深いため息をついた。
「一体どうしちゃったっていうのよ……。これまでうまくいっていたじゃない」
「……今、ミロじゃない奴にお願いしてて、まだちょっとうまくいかなくて」
「じゃあそいつ変えれば?」
あっさりと言うサイに苦笑が漏れる。
「てか、ミロの何が不満だったのよ。あんないい男、他にいないわよ? 前にも言ったけど、どうせアンタは誰かとそういうことしなきゃいけないんだから」
それは知っている。省吾だってクリスには悪いがそう思っている。
「……でも、薬を飲んでまで抱かれるのは申し訳ねぇし」
「……はぁ?」
サイは呆れたような顔をして省吾を見た。
「何、アンタ。ミロに愛されたくなっちゃったの?」
「……っ」
息をのんでサイを見る。サイは困ったように窓の外へと視線をやった。
「なるほどねぇ……。確かに、心がないってわかってながら抱かれるのは辛いわよねぇ」
「…………」
省吾は何も言えずに俯く。
「最初は体だけでよかったはずなのに、欲が出ちゃった?」
まるでこちらの心を見透かしているかのようなサイの言葉に省吾の視界が滲んでいく。
ぎゅ、と唇を嚙みしめる。苦しそうな省吾の顔に何を思ったのか、サイははぁ、と大きなため息を吐き出した。
「今晩、一時間だけ時間を頂戴。今街がどんな状態なのか、アンタの目でちゃんと見てほしいの」
こうして、その日の夜に省吾はサイに連れられて城を出た。護衛のためにクリスを始めとした鍛錬で顔を突き合わせる部隊の人間が馬車に同乗する。
夜の街に出たのはサイのところを尋ねに行った半年前以来だった。
あの頃は街中に明かりが灯っていたというのに、今はどこか薄暗い。地面のほうを黒い物体がちょこちょこと行きかっている。あれが野良ラーリなのだろう。
サイの家の前に馬車が止まる。サイに連れられて省吾は外へと出た。
サイは上空を指さす。彼の美しく整えられた爪先は壁の上を示していて、そこには巨大な鳥の影が見えた。
「あれがグリフォン。子供くらいなら取って食っちゃうわ。たまにドラゴンも壁を叩くから、ほら、あそこボロボロになっちゃってる」
今度はサイが壁の一角へ視線を移す。確かに壁の漆喰が剥げていた。
グリフォンは省吾の知っているものは上半身と羽が鷲で下半身がライオンのキメラだった。こちらの世界のグリフォンもおおよそ同じような形ながらも尻尾は蛇のようで似た生物を一番近い概念で翻訳しているのだろうと思った。
たった1か月でこんなに街が荒廃するのかと信じられない気持ちになる。
その時だった。
爆発するような音がして音のした方向を見ると、壁が崩されていた。ドラゴンが街に入ってくる。翼はついておらず、巨大なオオサンショウウオのような外見をしていた。馬車の二倍ほどの身長だろうか。
「ヤバ! ついに入ってきちゃったの!?」
サイが焦ったような声を出す。
「兵隊たち、省吾を連れて城に戻って! 私は家から毒持ってくるから!」
サイが言い終わらないかのうちに兵士達の手が省吾を引っ張り馬車に乗せ走り出す。動いたものに反応したのだろう、ドラゴンは省吾たちの馬車に向かって走ってきた。
「危ない!」
通りには少ないながらも人がいる。彼らは叫びながらほうぼうに散っていく。そのたびにドラゴンは気をそがれていたようだったが、結局馬車を追いかけることにしたようだった。
「省吾様はこの中にいてください」
クリスはそう言って馬車の外へと出ていく。遠くから援軍も来ているようで大勢の足音が聞こえてきた。窓から外を見ると、ドラゴンに向かって投石器により爆弾が投げられていた。ドラゴンに当たり爆発している。しかし、ドラゴンのほうも体を震わせ、目の前にいる人間に食らいついていた。
「ひっ……」
いくらかの人間から血が噴き出してその場に倒れこむ。そんなドラゴンの手から血が噴き出した。
男が一人、ドラゴンの手を切り落としたようだった。
ミロだ。
ひゅ、と省吾は息を吞む。かっこいいが、危ない。
そのまま彼はドラゴンの心臓めがけて突進し、剣を突き刺し何か液体をかけていた。
ギャェェエエエ。断末魔とともにドラゴンの体が溶けてその場に崩れ落ちる。どうやら死んだようだった。
街中から歓声があがる。
ミロは被害状況を確認するために周囲を見渡し、省吾の馬車に気が付くと目を丸くして駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か!?」
ドンドンと扉が叩かれる。省吾は慌てて扉を開けた。
「中には省吾だけか?」
厳しい口調で尋ねられる。省吾はコクリと頷いた。
「一緒に来ていた兵士の人たちはドラゴンを倒そうとして……」
馬車の外は、血の海が広がっていた。ドラゴンと、人の血。
「え……」
顔から血の気が引く。ミロは慌てて扉を閉めた。
「見るな!」
錆びた機械人形のような動きで御者のほうを見る。彼は先ほどからピクリとも動かなかった。嫌な予感がする。ガタガタと震えていると、外からまぶしい光が差し込んだ。先ほどの爆弾の光ではなく、真っ白で鮮烈な光だった。
光が収まってから外を見る。ノアがいた。頭上に白い光の玉を浮かべ、地面にたたき落とす。同時にまたも先ほどの強い光が周囲を包んだ。
再び暗くなると、扉が開かれる。
サイがいた。
彼は頬から首にかけて血がついていた。
「大丈夫?」
尋ねられ、コクコクと頷く。
「怪我は?」
今度は首を横に振る。
「サイは……」
「私は大したことないわ。もう治しちゃったし」
言いながら彼は背後を見る。
またもノアが光の玉を出現させていた。
「あれは?」
サイは苦い顔をする。
「あれが、アイツが召喚士まで上り詰めた理由よ。アイツはオールラウンダーとしてなんでも器用にこなすんだけど、それでいて魔力がとてつもなく多いのよ。だから、ああやっていっぺんに何人もの治療に当たってるの」
「あれ、治療していたのか?」
「治療っていっても、仮死状態だった人たちに少しずつ体力を付与してるくらいだけどね。逆に言うなら、それくらいしか出来ないのよ。あんなに大量のけが人が出ちゃったら」
どくん、どくんと心臓が脈打っていく。
自分が愛されたいと欲を出してしまったがためにこんなに多くの人が傷つくことになるとは思わなかった。
「ちょっと前に、ノアと私でアンタの体液を摂取したでしょ?」
サイは空を見ながら話しかけてくる。上空を数匹、翼のある獣が飛び交っている。以前は見かけなかったのに。
「ああ……」
その時の事を思い出し、省吾は頷く。
「その時、アンタの体液に私たちにはない成分を発見したの。私たちは同じようでやっぱり違うのね。守護石に力を溜める事はこちらの人間には出来ない。アンタにしか出来ないのよ」
「……うん」
「そして、アンタが満足のいくセックスさえくれれば私たち城下に暮らす人間は安全に暮らせるの。だからわざわざ異世界から召喚して高待遇をあたえてまでアンタを養っているの」
再び空を何かが駆けていく。視線を移すとグリフォンが空を飛んで行った。今となれば獲物を物色しているようにも見える。
「……でも、今は力の質が悪いから魔獣が近寄ってきている。あいつらは壁の中に餌があるのを知っているのよ」
「………………」
ぱくぱくと口を動かす。けれど結局何も言えず、省吾はうつむき「ごめんなさい」とだけ呟いたのだった。
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