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第17話 「……あー、なんとなく、男が好きな奴としたくなったっていうか」
次の日、ノアに別の人にしてほしいとお願いしたらあっさりと了承された。
「わかった〜。その条件で探してみるね。他にお願いしたいこととかある? 同い年がいいとか、外見がいい人のほうがいいとか、筋肉ムキムキじゃないとダメとか」
「あー……、確かに年は近いほうがいいかも。あとは特に……」
そもそも男を愛せる人、という狭い範囲で探すのだ。条件を絞れば絞るだけ条件に合う人はいなくなるだろう。
「そっかぁ~。男性が性対象で省吾と年齢が近い人だね! 次の時までには手配するから待っててねぇ」
ニコニコとノアが笑っている。
彼はどこまでわかっているのだろうと思うが、笑顔からは内心なんてわからない。
「参考までに聞きたいんだけど、ミロのどこが嫌になったのか教えてもらえる~?」
省吾の喉が引きつる。
「いや……、ミロの事が嫌いになったとか、そういうんじゃなくって」
むしろ彼の負担になっていそうで嫌なのだ。
けれどそんな事は言えない。強い薬を飲ませていたのはノアで、分かった上で飲んでいたのはミロなのだ。ノアは省吾がそれを知ったことに気が付いていないようだったが、彼らの立場を考えれば理解できないことはない、とサイが言っていた。一晩経った今、省吾もそう思っている。
「……あー、なんとなく、男が好きな奴としたくなったっていうか」
じ、とノアは銀色の瞳で省吾を見つめる。いつもは優しく細められている瞳が真面目な顔になると、それだけで冷たく感じるから不思議だった。いたたまれなくて視線を逸らす。
すぐにノアの顔にいつもの笑顔がはりつけられた。
「そっかぁ~。うんうん。そういうこともあるよねぇ。了解! 次の人とも楽しい時が過ごせるといいね」
次の人には薬を飲ませないようにお願いしようかと少しの間省吾は迷ったが、結局言わずに終わった。
ノアが省吾によくしてくれるのは彼が召喚士で、省吾が魔獣除けになるヒジリ様であるからだ。役目を果たせないと省吾はこの場所に存在する意味を失ってしまう。
その日の夜、お勤めの為に待っていた省吾の部屋に現れたのは、数度鍛錬で見たことのある一歳年下の赤めの金髪の男だった。ミロの部隊ではないので姿を見たことはあっても話したことはなかった。
彼は緊張した面持ちで部屋に入ってくる。
「あの! この度はどうぞよろしくお願いします!」
男は、年は下でも省吾やミロよりも身長が高く、がっしりとした体格をしていた。筋肉もついており、礼儀正しい。前の世界にもこういう後輩がいたな、と省吾は懐かしく思った。
彼の名前はクリスといった。この春から部隊に配属されたらしく、それまでは街で母親と一緒に暮らしていたのだという。
「母さんに楽をさせてあげたくて……」
頭をかきながらクリスが言う。純粋でかわいらしい男だと思った。
「そっか。母親想いなんだな」
笑顔で返すと、クリスは照れたように両手を振った。
「そんな! 俺なんか全然……。体格もこれだし、本当に今までずっと迷惑をかけっぱなしでして……」
初々しい反応は好ましい。
省吾は彼の手を引いてベッドへと向かった。
結論から言うと、省吾の腹のゲージは半分までしか溜まらなかった。ミロが相手であればたった数時間でいっぱいになるゲージは東の空が白んできてもまだ空きを示している。
正直とてつもなく気まずかった。
「あの、すみません、俺……」
「いや、仕方ないって! 今回が初めてなんだし、これから頑張ればいいって!」
そうは言っても腹のゲージは満足度を示しているというので、省吾がプレイに対して未だ満足していないことを物語っている。見られたくなくて、腕で腹を隠した。
「明日……って、もう今日か。また来てもらえるか?」
尋ねると、クリスは力強く頷く。
こうして結局三日かかって省吾はゲージを満タンにしたのだった。
「今回、割とかかったねぇ~」
やっと満タンになった腹の紋章を抱えてノアの研究室に行くと、心配をするような顔をしてノアが聞いてきた。省吾もいたたまれなくなって視線をそらしたまま俯いた。
クリスとお勤めをしていた三日の間、昼は鍛錬、夜はお勤めをしてなんとか目盛りをいっぱいにしていっていた。初めてだから仕方がないとはいえ、時間がかかってしまった事は否めない。
「どうだった~? 楽しくなかった? 次回は別の人がいい?」
ノアは心配しているような面持ちで聞いてくる。
彼の手にある守護石は心なしかいつもよりも輝きが鈍く感じた。
「いや……、まだお互いに慣れてないから」
「そっかぁ〜。まぁ、こういうのは信頼関係だもんねぇ。ミロだって、前にいた世界の人に似ていたから安心できたんでしょ~?」
以前、ノアに何故ミロかと聞かれたことがあり、その時に省吾はそう答えたのだった。
「ああ。でも、いつまでも縛られてちゃダメだし……」
「そうなの?」
きょとんとノアは小首をかしげる。
「なんで? 実績は出ているんだし、別にいいんじゃないの~?」
心の底から理解できていないであろうノアを見て、いつぞやサイが言っていた言葉を思い出す。ノアは人を愛さない人間だ、という。それがどんなことか、実感はわかなかった。けれど、ノアは少なくとも省吾の恋心には気が付いていないようだった。
「でも、ミロの負担になってるんじゃないかな、って」
返すと、ノアは黙った。思い当たる事でもあるのだろうか。じくじくと胸が痛む。
「……そっか。まぁ、いいことだよね! 人間関係を広げていくのは」
にっこりと笑ってノアは手を叩き、守護石をガラスの管の中に入れる。光の粒が鉱石からあふれ出し、外へ向かって昇っていった。
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