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第20話 「……体ばかりは、どうしようもありませんよねぇ」

 クリスは10人に聞けば9人がいいヤツと答え、残り1人が都合のいいヤツと答えるような、そんな男だった。  よく言えば優しい、悪く言えばお人好しという彼が省吾のお勤めの相手として選ばれたと聞いた時、ミロは腹の中がかき回されたような心地がした。 「ごめん、言ってなかったっけ~?」  ノアは小首をかしげながら謝る。今日も省吾とのお勤めのために薬をもらいにノアのところへと行ったところだった。  その頃のミロはもう薬など飲まなくても興奮できる気がしていた。けれど一種の戒めとして飲んでいたかった。薬を飲むと体が熱くなる。その間は、自分の体は自分のものじゃないような気がしていた。国のために奉仕する、忠誠心厚い兵士の1人として存在していられる。 「聞いてない」  目を丸くしてミロは返す。んっとね〜、とノアは唇に人差し指を当てた。 「ミロがダメだったんじゃなくて、男性を愛せる人がいいんだって。だから、そういう人に心当たりがないか親衛隊の団長に聞いてみたんだ~。で、クリスだっけ? 今年入隊したばかりの身長の高い人。あの人にお願いしたんだぁ」  ミロはクリスの顔を思い出す。人畜無害そうに微笑んでいた。  ノアは気まずそうに眉尻を下げる。 「だから、本当に申し訳ないんだけど、今後はクリスに任せる事にするね」 「ああ……、うん」 「ごめんねぇ~、両親に仕送りしているって言っていたのに」  この申し訳なさそうな顔は特別手当のことを言っているのか、とミロは思う。まさかノアはミロが省吾に特別な感情を抱いているとは思ってもみないのだろう。 「いや……、もう十分すぎるくらいにもらったから」 「そっかぁ……、なら良かった」  昔からそうだった。ノアは物事を進める時に人間の感情を度外視する。オペレーションが無事に遂行される事が一番で、人の心の機微は考えもしていないのだ。  それが今はありがたい。ミロの内心に気が付かれなくて済む。  踵を返し、ミロはノアの研究室を後にした。  部隊も離され、本格的にミロと省吾の間に接点がなくなった頃、クリスがミロを尋ねてきた。小隊長であるミロの部屋は一般兵士よりもグレードが高い。中に招き入れ、茶を出してやった。  ミロは椅子に座り、正面にいるクリスを眺める。  彼が今は省吾とセックスをしていると思うと複雑な気がした。もちろん表には出さないけれど。 「あの……、ミロ様は以前省吾様とお勤めをなされていたんですよね」  耳まで赤くして尋ねてくる。あくまで仕事の一環だから、こういう話も許される。ミロは首を縦に振って肯定した。 「ああ。それが……?」 「俺、うまく省吾様を満足させてあげられなくて……、毎回3日近くかかってしまうんです」  ズキン。胃に痛みが走った。  つまりこの男は3日の間省吾を抱いているということか。  かつて自分の下で乱れていた省吾の痴態を思い浮かべる。あの姿を長く見て居られるのだろう。  時間がかかるということはつまり省吾が満足していないということではあるが、それでも羨ましく思ってしまう。 「ミロ様の時にはたった数時間で終わっていたとノア様にお聞きして、どうすれば省吾様を満足させられるか知りたくて……」  奥歯を噛みしめる。  言いたくないと咄嗟に思った。本来ならば、先輩として、この国に使える兵士として最大限のアドバイスをするべきなのに。 「……そう言われても、こういうのは体の相性とかあるからな」  視線を茶の入ったカップに注ぐ。木製のそれはけして高価なものではないが昔から使っているミロの私物だった。  茶色い液体から湯気が立っているのを見ながら省吾の事を思い出す。ここのところ鍛錬でも顔色が優れなかった。本人から聞けない上に、ノアにも話をし辛いので、彼のことは噂でしか入ってこない。 「……体ばかりは、どうしようもありませんよねぇ」  クリスは体を縮こまらせる。大きな体を持つ彼のモノは大きいだろうし、きっと省吾にはキツいだろう。思うが、同性愛者を公言しており、省吾と年の近い男で信頼出来そうな男が彼だけだったと言う。代替がいないのだ。  痛い思いをしているのだろうか。考えると胸が痛むのに、満足していないのであれば嬉しいと感じてしまう。  なんて醜い。  ミロは大きなため息をつく。クリスがビクリと震えた。 「あ、いや、アンタに対してじゃない。……そうだな、俺に対しては省吾は後ろからしてってよくねだってきたし、奉仕されるよりはするほうが好きみたいだったな」  あまり言いたくなかったが自己嫌悪に襲われてついに口にしてしまった。 「そうなんですね! そっか、体位とかもっと工夫します。俺、初めてで焦っちゃって……」 「まぁ、最初はそうなるよな」  ミロは昔近所に住んでいた年上の娼婦に童貞を奪われた時のことを思い出した。あっという間にイかせられ、まだ皮がむけきれていなかったペニスをなぞり「かわいい」と言われ恥ずかしい思いをした。今思えば立派な児童虐待の一つである。 「……できるだけ優しくしてやってくれ。あいつ、痛くても我慢するところあるから」  クリスの顔を見ないままミロは続けた。  嫉妬でどうにかなりそうだった。けれど、当の省吾がミロを望んでいないのであればどうしようもない。  ミロは省吾に望まれなければ近寄ることも出来ないのだから。  クリスは出された茶を飲み干すとペコリと頭を下げ出ていった。

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