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第21話 「二人とも、あんなに幸せそうだったのに」

 それから一ヶ月くらいして、グリフォンが空を徘徊するようになったのを見てミロは仄暗い喜びを感じた。  省吾とクリスがうまくいっていないのだ。  ノア曰く、省吾達異世界人は幸せだと思った時に脳内にこちらの人間には作ることの出来ない快楽物質を生成するらしい。それを紋章に書かれた術式により腹にゲージとして表示し、守護石を使って抽出し、機械とノアの魔力によって合成結合することで魔獣の嫌がる物質に変換し空中に撒き散らすのだ、と言っていた。正直ミロにはあまり理解出来ていなかったが、要は省吾達ヒジリが幸せだと感じていないとああやって魔獣が襲ってくる、という事である。 「どうも質が良くないみたいなんだよねぇ~」  研究室に行くと、ノアは頭を抱えて悩んでいるようだった。今晩、ミロの部隊が外を見回る事になっている。装備品としての弾薬が少なくなっていたからノアに生成を頼んでいた。本来なら別部署の仕事だが、ここのところの魔獣の活発化により手が足りないのだという。 「おかしいなぁ。クリスは省吾が望んだ通り男性を愛せる人で、性格も申し分ないのになぁ」  手っ取り早く幸福を感じさせる方法がセックスによるオーガズムなのでこの手法を取っている。特に愛する人と体を繋げた時の快楽物質の分泌は凄まじいものがある、と前にノアが言っていた。 「体の相性がよくねぇんじゃねぇの」 「えぇ~、そうなのかなぁ」  ミロの言葉にノアは唇を尖らせた。 「困るなぁ。いっそ男娼でもお願いしようかなぁ。貴族用の男娼だったら上手く出来そうだよねぇ」  俺じゃダメなのか。口に出そうになり慌てて噤む。  言って、変に邪推をされたら今後一生省吾に近づく事が叶わなくなる。 「逆になんでミロの時はうまくいっていたんだろう」  ノアは未だ唸っている。  ミロは自嘲した。 「俺の顔は、あいつが異世界にいた時に好きだった奴と同じ顔をしているんだとよ」  だからこそ、省吾が星空を見ていたあの日、省吾が蓮の事を忘れなければいいと言ったのだ。  蓮の事を思い続けている限り、顔が似た自分から離れられないだろうから。けれどそんな浅はかな願いを見透かされたのか、省吾に遠ざけられてしまった。 「ああ、そういえば省吾は前に言っていたねぇ」  ぱちりとノアはミロを見た。 「んん~、それじゃあ、ミロに似た顔の人にお願いするか、いっそメイクでミロっぽい顔にしてもらうかしようかなぁ」 「……んな奴いんのかよ」 「心当たりはないなぁ」  ノアは眉間に皺をよせた。 「でもさぁ~、今のままだったら困るよね。ミロには悪いけど、強制的にミロとしてもらうことになるかもしれない」  言いながらノアは重いため息をついているが、それこそがミロの望んでいることである。 「……そうか」  窓の外を見る。今日もグリフォンが数匹、街の空を徘徊していた。  夜の見回りが強化されて今日で五日目。塀の修理も追いつかなくなってきた。 「小隊長、どうしてヒジリ様にフラれちゃったんですか」  部下の一人が恨めしそうに尋ねてくる。彼らは省吾が鍛錬の際に別の部隊に行った時にうっすらと察していたらしい。それから省吾の話題を振ってくることは少なくなった。しかし、街の景色が省吾が来る前に戻りつつあるため、さすがに黙っていられなかったのだろう。 「フラれたって……」  ミロは肩をすくめる。そんな事、むしろ自分が知りたい。 「単純に俺に飽きたんだろ」  ため息をつきながら返すと、部下は気まずそうに黙った。 「二人とも、あんなに幸せそうだったのに」  ポツリとした彼の言葉に振り返る。 「は? 俺と省吾が?」 「そうですよね! ほかの誰も入れない空気があったのに」  別の部下も話に入ってきた。さらに周囲の部下たちもうんうん頷いていた。 「こう、省吾様と話している時のミロさんは他の人と話している時よりも楽しそうだったし、省吾様は嬉しそうでしたし」 「な。付き合いたてのカップルみたいだったよな」  わぁわぁ言う彼らにミロは苦虫をかみつぶしたような顔を向ける。  気持ちは周囲の人間にはバレていたのか、とため息をついた。省吾にはどうだったのだろう。考えるが、答えはついぞわからない。 「わぁあああ! ドラゴンが入ってきた!」  ふいに前方から悲鳴が聞こえ、場に緊張が走った。 「おい、向かうぞ」  ミロたちのいた場所からドラゴンの襲来地までは近い。彼らは走ってそちらまで行った。  彼らの今の使命は市民を守ることである。  途中、省吾と鉢合わせ、彼に付き添っていたらしき親衛隊の数人が倒れていたが、目の前の敵を倒すことに精いっぱいだった。なんとかドラゴンを殺すことが出来たが、クリスを始めとした親衛隊たちはピクリとも動かず、ノアの治癒魔法により一命を取り留めた状態だった。  こうして、傷ついた顔をした省吾に頼まれ、再びミロと省吾はお勤めをすることになったのだった。

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