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第25話 「こんなところに囚われているなんて、人権侵害だ」
召喚当日、省吾はノアの後ろで彼が召喚の儀式を執り行っているのを眺めていた。その周囲をミロを始めとした親衛隊が取り囲み、さらに奥に王がいた。
彼の姿を見るのは久しぶりだな、と感慨もなく思う。
ノアが何かの呪文を唱え終わると、地面に描かれていた魔法陣が光を発する。
それから一秒ほどしたあとに、人間の姿が現れた。
「……あ」
一番に声を上げたのは近くにいたノアだった。
光が収まり、男の姿が現れる。男は、傷だらけだった。服もボロボロに破れており、後ろ手に縛られている。けれど何より目を引いたのはその顔だった。
「……蓮」
ぽつりと省吾が呟く。
男は、まぎれもなく二年ほど前に省吾をフった蓮だった。蓮は周囲をきょろきょろ見まわし、省吾の姿を見つけて目を丸くしていた。
「省吾!」
叫ぶように名前を呼ばれ、確信に変わる。フラフラと省吾は前に出た。
「蓮! なんで、どうしてこんな……」
連の姿はどう見てもまともではなかった。殴られたのか、目の上が青く晴れており、口からは血が出ている。
「お前こそ、どうしたんだよ!? ここはどこだ!?」
蓮はずるずると省吾のほうににじり寄ってくる。足を怪我していてまともに歩けないようだった。
ひゅ、と白い光が蓮を包む。
次の瞬間には蓮の体からは傷が消えていた。ノアの回復魔法だろう。顔から青あざがなくなれば余計にミロと瓜二つだった。ちらりとミロを見ると彼は顔を険しくして腰に下げた剣に手をかけている。
「こんにちわ~。省吾の知り合いなんだねぇ」
空気を読まないまったりとした声でノアが話しかける。そうして彼は省吾にしたものと同じ説明を蓮にした。
「ということで、好みの人を一人選んで、セックスしてほしいんだぁ」
後ろで結ばれていた縄もほどかれ、腹の前を開かれた蓮は自分の腹に浮かんだ紋章を厳しい表情で眺めていた。こすってみても紋章は消えない。
「うそだろ……、省吾、お前ここで二年の間好きでもない相手と無理やりヤらされてたのかよ」
蓮は省吾の肩をつかむ。好きでもない相手ではない。なんと言っていいか測りかねて省吾は黙っていた。
「……無事でよかった。ずっと心配していたんだ。お前、卒業式の日にいきなりいなくなるから。……沙友里さんだって」
沙友里は省吾の母親の名前である。
「……母さんも? 母さんも心配していたのか?」
省吾は信じられない気持ちで尋ねた。彼女が省吾の事を心配する様子がうまく思い描けなかった。
「ああ。帰ってきてほしいって言っていた。なぁ、帰ろう? こんなところに囚われているなんて、人権侵害だ」
「ごめんねぇ~。それはできないんだぁ」
空気を読まないノアののんきな声が蓮を止める。
「召喚は不可逆的なものだから、帰る方法はないんだぁ。だから俺たちはあちらの世界で死にたいと思っている人、もしくは体が仮死状態になった人を呼び出しているんだぁ。君は、あちらの世界で仮死状態になった人のほうだったみたいだねぇ」
ぐ、と蓮がつまる。
「そうだ、お前、なんでこんなことに」
「それは……」
言いづらいのだろう、蓮は目をそらした。
「だからねぇ、君には悪いけど、ヒジリ様として役目を全うしてほしいんだぁ。大丈夫だよぉ。君の好みの人をあてがうし、生活も保障するよぉ」
蓮は睨みつけるようにノアを見ていた。けれど、彼の言葉で観念したのか、長く重い息を吐き出した。
「わかった。誰でもいいんだよな」
「うん~。あ、でも既婚者とか恋人がいる人は断ってくる場合もあるよぉ」
「そこは人権があるんだな」
蓮は腰に手を当てた。
「もし、蓮が望むなら、一晩で馬が5匹買えるような値段の娼婦も手配できるよぉ」
ノアが何とか懐柔しようとしている。けれど蓮はそんなノアを忌々しそうに見てから、省吾のほうに向きなおった。
「じゃあ、省吾」
「……え」
蓮のまっすぐな瞳に見つめられ、省吾は動くことが出来なかった。
「お前を指名する」
彼の言葉が信じられなくて省吾も眉間に皺を寄せた。
「……は、お前、男は気持ち悪いって」
「二年前の話だろ」
「いや、でも……」
「わかった」
ふいに荘厳な声がする。王の声だった。
「旧ヒジリよ。今晩は新しいヒジリの寝所に行ってくれないか? その後セックスするかしないかは話し合って決めろ。新しいヒジリもいきなりこんなことになって戸惑っているだろうから、しっかり話をしてやれ」
省吾は息を呑み固まる。鶴の一声だった。ノアが申し訳なさそうに省吾を見ていた。彼と目があったので省吾は頷く。
未だに二年前にうまく力を溜めることが出来なかった時に起きた惨劇を忘れていなかった。このままではまたああやって人が命を落としかねない。
「わかりました」
省吾は俯く。視界の端でミロの苦々しそうな顔が目に入った。
ジェド達に蓮が渡され、省吾はノアの研究室に呼ばれる。
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」
心配そうなノアの顔に、何かを言っているのであろうことはわかる。単語としても聞き取れる。けれどこれまでのように流暢な言葉にはなっていなかった。
省吾は慌てて石板を手に取る。
”悪い、ちょっとしか聞き取れない”
たぶん、大丈夫とかそういうことを言っているのだろう。文字の読み方は覚えているが英語と同じで単語として発音されたときにうまく聞き取れない。ノアは石板を見て下唇を噛んだ。
彼は自分の分の石板を手に取って言葉を書く。
”そっか。どうやら蓮が近くにいたらうまく意思の疎通が出来るみたいだね”
そういえば先ほどは言葉に困らなかった。
”言葉はこれから覚えていけばいいよ。最初は大変だと思うけど、省吾ならきっと大丈夫”
ノアの言葉にホッとする。今は気休めでも嬉しかった。
”それで、省吾はどうしたい? って言っても、拒否権はあまりないと思うんだけど”
”ないのか?”
”多分、拒否したら少なくともサイによる食事の提供は止まると思う”
そうなのか。省吾は内心がっかりしていた。サイの話では拒否権はあるのだが、こうして断れない状況を作られているようだった。
”ミロもそうだったのか?”
ノアは気まずそうに視線を泳がせる。
”そうだね。ミロは親衛隊だから……”
ノアの文字を見た瞬間に急に体の中が冷たくなったような気がした。
”わかった。とりあえず今晩蓮の部屋に行ってみる”
”よかったぁ~。でも、本当に無理そうだったら叫んでね。外で兵士が待機しているから”
え、と省吾は目を丸くする。
”待機してんのか? 俺の時もそうだったのか?”
”ううん。省吾の時はミロが相手だったから扉の外みたいな近くには寄らなかったけど、今回はちょっと危なそうだから”
なるほど。省吾は安心する。毎回喘ぎ声を聴かれているとしたら恥ずかしい以外のなにものでもない。
”よかった。蓮もきっと話せばわかってくれると思う”
何なら彼にとっては理想の場所かもしれないな、と省吾は思う。彼はあちらの世界でつきあってはいなくてもそういう事をやる女友達はいたようだったから。
以前、何故そんな付き合いを続けるのかと本人に聞いてみたところ、性欲は解消したいが付き合うのは嫌だし、お互い納得の上だとか言っていた。きっと省吾ほどセックスに対して夢を抱いていないだろうし、女を抱いてさえいれば生活の保障がされる場所だと言えば……。
そこまで考えて省吾はため息をつく。
いつの間にかこの世界に染まっていたし、蓮に対する恋心は消えてなくなっている。
以前の自分だったら、ああやって蓮に言われていれば嬉しくて浮かれていただろう。なのに今は、どう懐柔しようかと考えているのだ。
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