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第24話 「王様もアッサリしてるわよねぇ。アンタが使えなくなったらさっさと次に行こう、だなんて」
それから三日して、新しくヒジリを呼び出すことに決定した。
「それで、省吾は〇〇〇〇、サポートとして〇〇〇〇〇〇」
またもノアの部屋に呼び出され、ノアから経過を聞くが何を言っているかわからない。その旨を石板に書くと、ノアも彼の私物らしい石板で報告をしてくれた。
省吾は2年以上経っても死ななかった初めてのヒジリなので、今後はサポートとして王宮に仕えて欲しい、とのことである。これまでのような豪華な部屋には住めなくなるが、街で生活をするよりは安全が保障されるから、と。
「わかった」
省吾は首を縦に振る。ノアは安心したように笑った。
「それで、召喚は明後日だから、省吾も立ち会ってもらっていいかなぁ」
言葉と同じ文章を書きつけながらノアに尋ねられる。またも首を縦に振って了承の意を示したのだった。
「王様もアッサリしてるわよねぇ。アンタが使えなくなったらさっさと次に行こう、だなんて」
不満そうにサイが言う。彼の研究室で彼に借りた本を返すついでに話をしていた。ここのところ、省吾はサイによく本を借りる。文章が読めるようになってきたので、彼の持っている娯楽小説を読むようになったのだった。
省吾自身はこちらの世界で使える金を持ってはいない。脱走防止のための措置だと思われるが、おかげでこうして本などの娯楽を手に入れたい場合誰かに頼まなければならない。
省吾は初めて召喚されて以来王の姿は見ていなかった。
彼の立場からするとそんなものだろうと思っていた。
”でも、俺も今のままじゃよくないと思う。ミロだって、最近は夜勤勤務ばかりで忙しそうだし”
ノアにした時と同じように石板に書いて自分の意思を伝える。
いっそ早く翻訳機能が切れてしまえばいいのにとすら最近思っていた。文章は読めるし書けるようになっているのだから、こちらの言葉の発音を覚えたほうが今後楽だろう。
”あー、大変そうよねぇ。特に彼、出世したしねぇ”
サイも同様に石板に発した言葉と同じ文章を書く。
そうなのだ。
ミロはこの二年の間にとんとん拍子に出世をして今や中隊長に昇格している。十人ちょっとしかいなかった小隊長から部下の数は跳ね上がり、数十人規模の部下を抱えていた。
仕事も忙しくなり、今ではお勤めの間しか二人の時間は取れなくなっていた。同時に女性にも言い寄られるようになり、遠くからその姿を見るたびに省吾は何とも言えない気持ちになっていた。
省吾とのことはあくまで仕事の一環なのでミロのプライベートまでは口を出せない。わかっているからこそ辛かった。
”そうだよなぁ……”
顔をそらして言葉を濁す。
「ミロは、新しいヒジリ様が来たらお役御免なんだよな」
ぽつりと呟く。サイは省吾のほうを見るが、何を言っているかは聞き取れなかったようだった。
新しいヒジリが召喚されたら、省吾の役目は終わる。もうミロとお勤めをすることはなくなる。それが悲しいような、いっそミロとのつながりがなくなればこの気持ちも楽になるんじゃないかというような、どっちともつかない状態だった。
「寂しい?」
ふいにサイが真顔で尋ねてくる。省吾は唇をかんだ。
「って、寂しくてもそう言えないわよねぇ」
サイは省吾の頭を撫でる。彼は今はすっかり兄貴分の気持ちなのだろう。サイはさらさらと石板に文字を書く。
”アンタは大丈夫なの? ここにいると、ミロが結婚したり恋人が出来たりしたら逐一その情報が入っちゃうわよ”
省吾も石板に気持ちを綴った。
”それは……、嫌だけど、でも、どうしようもないし”
”どうしようもない?”
サイは首をかしげる。
”俺、ここでつける仕事もないし、サポートとして王宮内にいたほうがいいんじゃないかなって”
”え!? 本気で言ってんの!?”
サイは思わずと言った様子で目を吊り上げた。彼の剣幕に省吾のほうが驚く。
”本気でって……、なんで”
”読み書きが出来るんだから街に降りても仕事はあるわよ! ……とはいっても店番とか大工とかの肉体労働中心になっちゃうけど”
きょとん、と省吾は目を瞬かせた。
「そうなのか……」
俯いて考え込む。
省吾のほうはというと、未だやりたいことは見つかっていなかった。
本を読んで知識は増えても、自分は何をやりたいかがはっきりとしない。
考え込んだ省吾を見て、サイはあごに指をあてて考えた。
”アンタ、調合とかは出来ないの? 機械を動かしたり”
”ちょっとなら出来るけど……。前にいた世界では工業高校に通っていたからものづくりは嫌いじゃないし”
返すとサイは普段彼が省吾の食事からカフェインを抽出するのに使っているビーカーを手に取る。
”ちょっとここに力を送ってみて”
サイは省吾の手を掴み、ビーカーのほうに近づける。
”力?”
”魔力って言うのかしら。分離しろ~、って念じながら指先に力を集中する感じ”
「え」
そんな事を言われても。
省吾はサイに促されるままに手を近付ける。なんとなく、指先がぴりっとして血液が抜けていくような感覚がした。
”……あら”
サイも意外そうな声を出す。
”魔力出てるじゃない”
”え? 出てるのか!?”
”自覚ないの? ほら、少しだけど分離してる”
言われ、省吾はビーカーの中に視線を移す。紫色の気体の下に少しだけ緑色の液体が溜まっていた。これはうまくいっているのだろうか。
”もちろん私みたいにきっちり分離をさせるんだったら修業が必要だけど、これならできるようになる可能性は0じゃないわ”
サイが手を離す。同時にいい香りも遠ざかり、彼は身を離した。
”そうなのか……”
”もしアンタがよければ、私のところで働く? 修行させてあげるわよ”
ばち、とサイはウインクをする。
省吾はたじろいだものの、その可能性に思いを馳せた。何より、ものづくりは面白そうだと思った。
けれど。
脳裏にミロの姿がよぎる。
サイのところにいけば、それこそミロとは一切関わることはなくなるだろう。
「…………」
黙って考え込んだ省吾にサイは眉尻を下げた。
”ま、すぐに答えを出さなくてもいいわよ。それこそ明後日の召喚が終わった後でも。その時どうなっているか状態がわからないんだから”
それもそうだ。
省吾は頷く。そうして、サイの研究室を後にしたのだった。
サイの研究室から出て自室に帰る際、省吾はノアの研究室を通ることになる。ここのところ彼は多忙で夜遅くまで彼の居室には明かりがついていた。
「~で、当日の警備は」
今日も彼の部屋からは忙しそうなラーリの叫びとノアの打ち合わせの声が聞こえてくる。
そっと扉の隙間から省吾は中を覗いた。
あ。
中にはミロもいて省吾は姿勢を正す。彼が当日の警備の責任者になっているようでよくノアの部屋に出入りしているようだった。彼らは扉に背を向けて何かの図を見ている。遠くからみたところ、城の見取り図のようだった。
「それにしても、省吾もやっとお役ごめんだねぇ」
話が一息ついたのだろう、ノアはふぅ、とため息をつきながら告げた。
「ミロもこの2年間お疲れ様~。おかげで無事に過ごせたよ」
「そうだな。本当に……、この2年警備の面ではすごく楽をさせてもらったよ」
ふぅ、とミロも息を吐き出す。自分の話題にドキリとしてその場から動けなくなってしまった。
「これ〇〇〇〇、ミロはついに婚約指輪を渡すの?」
ノアの言葉は聞き取りづらかったが、断片的に翻訳された言葉に省吾はミロを凝視する。
恋人がいたのか、と唇をかんだ。まったくそんなそぶりは見せてこなかった。当たり前だ。ここのところ省吾とミロが会えるのはお勤めの一晩だけなのだから。
本で読んだことがある。こちらの世界でも求婚をする際に指輪を渡し、受け取ってもらえれば恋人同士になる。求婚段階では一重の指輪で婚姻関係になったら二つの輪が重なっている二重のデザインの指輪に変える。
「〇〇〇〇、もう注文〇〇」
ミロの言葉が聞き取れない。けれど、あまりよくない事なのだろうと察することが出来た。こんな時に翻訳が効かないなんて。ノアは手を叩いて喜んだ。
「そっかぁ、うまく〇〇〇〇〇〇、きっと〇〇〇〇〇〇」
弾んだ声から内容を察することが出来た。
そうか。省吾は踵を返し、とぼとぼと歩き出す。
ミロが指輪を注文しているということは、つまりそういう事なのだろう。
フラフラと部屋に戻る。すでにジェドが待機していて、戻ってきた省吾を見て目を丸くした。
「何か〇〇〇〇」
ジェドの言葉も聞こえづらい。
省吾はのろのろと石板を持ち、疲れたから休むとだけ書いた。
こうして鬱々とした気分で過ごし、ついに召喚の日を迎えた。
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