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第27話 「だからねぇ、俺、どうしてもわからないんだぁ。今回の君の行動は頭が悪すぎるから」

 省吾が目を覚ましたら、石造りの天井が広がっていた。 「……ん、俺」  起き上がろうとするが、叶わなかった。首を動かして見てみると、精神病患者にするようにベッドの上にベルトで拘束されていた。明かりはベッドサイドに置かれた蝋燭一本だけで部屋の中は薄暗い。 「〇〇〇?」  硬い声がして、そちらを振り向くとミロが一人木造りの椅子に座って省吾を見ていた。彼の後ろには鉄の檻がある。  話しかけているようだったが、何を言っているかわからない。それを察しているのか、ミロは枕元に置いておいた石板に文字を書いた。 ”体の調子はどうだ? 大丈夫そうなら首を縦に振って、辛かったら首を横に振れ”  体のほうはというと、違和感も痛みもなかったので首を縦に振った。ミロはホっとしたような顔をする。 ”体は医者が治癒魔法で治してくれた。血がかなりなくなっていたから、魔法で増血したがしばらくはうまく体が動かないと思う”  ミロが見せた文字に理解していることを頷いて返す。 ”今、お前はヒジリを扇動し外へ連れ出したことで国家反逆罪に問われている”  省吾は目を丸くする。 ”レンは自分が連れ出したと言っているが、あいつに手が出せない以上、罪に問われるのはお前のほうだ。こちらの世界の仕組みを理解していたのに、ヒジリ様を外に出してしまったから”  省吾はパクパクと何度か口を動かし、けれど結局何も言えなくて口を閉じた。真実と違うが、それはミロもわかってくれていることは彼の目を見たらわかった。 ”今、ノアと一緒に恩情をもらえるように王と司法局にかけあっている。それに、ショーゴは二年間国を守ってくれた実績があるから、おいそれと極刑には出来ないはずだ”  省吾は顔を顰める。手が使えないから石板に文字を書くことが出来ないが、そんなに重い罪だとは思えなかった。省吾の心情を察しているのだろうミロは再び文字を書く。こちらの文字は表音文字だから、蓮と省吾の文字はわからないのだろう。 ”一つ間違えれば死んでいた。召喚は一年に一度しか出来ないから、もしレンが死んでいたら魔獣が襲ってくる中一年を過ごさなければならない” 「……なっ」  それは知らなかった。確かにだとしたら、一年の間でどれほど死人が出ただろう。 ”これについては召喚士しか知らない事だったし、今後もレンに言うのは避けてほしい。ひどい事をいうが、彼の増長を防ぐために。”  省吾は首を縦に振る。  一年の間自分の代わりがいない状況なら、人によっては無茶苦茶な事を言いかねない。そして悲しいことに、蓮はそういう事をやるかもしれないと思ってしまった。  だから情報統制によりノアを始めとした一部の人間にしか知らされていなかったのかと知る。省吾も増長をするかもしれないと伏せられていたのだ。  ミロは省吾が頷いたのを見て眉尻を下げて彼の寝転がっているベッドの上に額をつけ、はぁ、と深くため息をついた。  彼の後頭部は本当に心配をしてくれていた事が見て取れ、きゅうと省吾の心臓は締め付けられる。ミロはそれから数十秒して顔をあげると石板に再び文字を書いた。 ”お前が無事でよかった。何とか罪を減らしてもらえるようにするから、信じて待っていてくれ”  じわりと視界が滲む。彼のやさしさが嬉しい。ミロは優しく省吾の頬を撫でる。彼の瞳は細められ、熱が感じられた。まるで愛されているみたいだと思い口の中の肉を噛んで可能性を打ち消す。  彼には婚約指輪を渡したい相手がいる。自分であればいいと願った事がないわけではないが、ミロは異性愛者である。  省吾は女性の事が嫌いではないが、愛を交わして一生一緒にいる存在として見ることは出来ない。それほどセクシャリティは呪いの様に心について回る。ミロだってきっとそうだろう。 ”俺はお前が目を覚ましたことを報告してくる。これからずっと門の外には誰かがいるから、何かあったら言え”  視線を向けると、彼の部下が手を振っていた。彼は隊長権限を使って省吾に馴染みのある兵士を置いてくれているようだった。  省吾が頷くとミロは省吾の額にキスをして外へ出て行く。残された省吾は自分の耳まで熱くなるのを感じていた。   「俺さぁ」  蓮は両手両足を開くようにベッドの足に括りつけられた状態で目の前の召喚士を見上げていた。ノアは蓮の上に馬乗りになり、腹の紋章を何度もなぞっている。  あの後、蓮は兵士により拘束され、部屋に連れ戻されノアによって尋問を受けていた。人払いをしたようで、代わりにスライムのような物体が周囲を取り囲み手足を掴んでいた。 「人の心の機微がわからないってよく言われるんだぁ。ひどいよねぇ」  何を言いたいのかわからない目の前の男を蓮は睨みつける。蓮には彼がすべての元凶に思えていた。 「でも、それは当たっていてねぇ、確かにこれまで誰かに恋をしたことも性欲を感じたこともないんだぁ。だから、人の心の機微、特に恋愛についてわからないって言われたらそうかもなぁって」  みしみしとスライムが圧をかけてくるものだから手足が痛い。ノアは相変わらず無表情で蓮を見た。銀色の瞳と目があうと射すくめられたように動けなくなる。 「だからねぇ、俺、どうしてもわからないんだぁ。今回の君の行動は頭が悪すぎるから」 「はぁ!?」  ノアに言われた言葉に蓮は激昂した。 「元の世界に戻りたいっていうのは、まぁ理解できなくもないよ。一応死にたいって思っている人、あちらの世界に未練がない人を優先的に呼ぶようにしているんだけどねぇ。君は死にたいと思っていた上に実際に瀕死の状態だった。なのに、こっちに来たら元の世界に戻りたいって省吾を巻き込んで外に出た」  ノアは指を動かし、蓮の首筋に人差し指を這わせた。 「なんでかなぁ、って思ったけど、考えるまでもないよね。ここに省吾がいたからだよねぇ」  蓮はごくりと唾を飲む。この男はどこまで見抜いているのだろう。 「じゃあ省吾を愛しているのかと言うと、どうにもそうは思えないんだよねぇ」  あっち、とノアは窓の外を指差す。 「最近ついに城の近くまで魔獣が来るようになっちゃってさぁ、困っているんだよねぇ。君も、見えていたよねぇ。夜は暗いからって言っても、君がこの部屋に入った時には、まだ日は落ちていなかったはずだからねぇ。なのに、君はそんな中、外のバルコニーを伝って出ていこうとした。普通、愛している人をそんな危険な中外に連れ出したいと思うのかなぁって」  その時、ちょうどタイミングよくグリフォンが窓の前を横切って行った。蓮はゴクリと息を呑む。 「コレに対しては君の危機管理能力が悪かったって話かもしれないけれど、俺にはどうしても君が省吾を愛しているようには思えないんだぁ」  のんびりとした口調ながらも、声には張りがない。ただ淡々と自分の中の考えをアウトプットしているだけに蓮には思えた。 「君はあちらの世界にいた時に省吾に『男同士なんて気持ち悪い』って言ったそうだねぇ。それなのに、そんな省吾を連れて帰ろうとしていた」 「……別に、二年あったら考えなんていくらでも変わるだろ」 「ふぅん、じゃあ君は二年経って省吾を愛していることに気がついたっていうの?」  ぎゅ、と蓮は唇を噛む。なんと言えばこの男が気に入る回答になるのだろうと頭を働かせた。 「愛していなくても一緒にいたいと思うことなんていくらでもあるだろ?」 「そうだねぇ。じゃあ、君は省吾とセックスしたいと思ったのかなぁ? 省吾を指名するってことはそういう事だよねぇ」  痛いところをつかれた。黙った蓮を見てノアは察したようでため息をついた。 「省吾はそういうのを求めていないよ。ちゃんと愛してくれる人がいいって言ってるし、俺も応援するつもり。このままじゃ遅かれ早かれ蓮はフラれることになるねぇ」 「……何が言いたいんだ」 「別にぃ? 君の真意が知りたいだけ。できれば、君が100%暴走して100%悪いってことになるのが一番ありがたいかなぁ~」  言っている事はひどいのにニコニコと笑って言うものだから蓮もどうしていいかわからなくなる。前の世界でヤクザと話すことがあったからこういうタイプが一番厄介なことは蓮もわかっていた。  つつ、とノアは蓮の首筋を撫でる。 「沙友理さんのため?」  出てきた名前に蓮は息を呑む。蓮の反応に何かを悟ったのか、ノアは目を細めた。 「省吾のお母さんかぁ。俺、省吾からしか話を聞いたことがないけど、省吾に対して冷たかったんだってねぇ。その人のところに省吾を連れて行って、それでどうなるっていうのかなぁ?」  う〜ん、とノアは首を傾げる。未だ彼の指先は蓮の喉を触ったままだった。 「きっと君もそれはわかっていたよねぇ。それでも、可能性に賭けざるを得なかった。それでね、俺、今回に限り、部屋の中にこの子を入れて話を聞かせてもらっておいたんだぁ」  言いながらやっとノアは蓮の首から手を離し、スライムを手に取り頭らしきところを撫でる。他の個体に比べても色が薄く、部屋に紛れ込んでいても気が付かないだろう。ただでさえ室内は蝋燭一本しか点っておらず薄暗かったのだ。 「君、世界で一番いい女に入れ込んで、手を出して殺されそうになっていたんだってねぇ」 「……それが」  その話を聞かれていたのか、と蓮は苦々しく思う。 「それが沙友理さんなんでしょ〜? 君、子供の頃からよく省吾の家に行っていたんだってねぇ。省吾は自分のことを心配してくれて、とか言ってたけど、違うよねぇ。少しでも省吾のお母さんに会いたかったんだよねぇ?」  蓮は目を細めてノアをにらみつける。  図星だった。  子供の頃、沙友理の姿を初めて見て綺麗な人だと思った。成長するにつれて彼女のことを愛するようになっていっていた。けれど彼女とは20歳近く歳が離れており、男としてすら見られていなかった。  省吾が失踪した時、本格的に沙友理との縁が切れるのが嫌で、彼女につきまとうようになった。自分のことを恋愛対象として見ていない女性に愛を囁き、なんとか視界に入ろうとしていたが、彼女の新しい彼氏がヤクザだったのが運のつきだった。  彼女にまとわりついていた蓮はもう二度と近寄るなと言われ、脅しにも屈せずに沙友理に会いに行った結果、殴られ、殺されそうになった。ちょうどその時に召喚されたのだった。 「なるほどねぇ、省吾は君のことが好きで、君は省吾の母親のことが好きで、母親は別の男が好きだった。うぅん、複雑な関係だなぁ……。サイが好きそう」  ノアは腕を組んでいる。こういうゴシップが好きな友だちがいるのだろう。蓮は話を続けた。 「それで、省吾がいれば……、少なくともあんなデカい子供がいるとわかればあの男も離れるんじゃねぇかって思ったんだよ」 「浅知恵だねぇ」  ズバリと、どこか感心したように言われ蓮は奥歯を噛みしめる。そう言われても仕方がないと思っていたが、他人に言われると腹が立つ。 「あ、怒らないでよ〜。ごめんごめん」  感情の乗っていない口調で言いながらノアは手を降った。 「それだけ馬鹿になれる恋愛は俺には縁がないものだからさぁ、少し羨ましいと思ったんだよねぇ」 「さっきから言いたい放題だな、お前……」 「とはいえ、これで聞きたいことは聞き出せたよぉ。ありがとう。このままじゃ省吾の命が危ないからねぇ」 「は?」  いきなりのノアの言葉に蓮は目を丸くする。  ノアは簡単に現在の省吾の状況を話した。 「そんなわけでねぇ、さっき君から聞き出した話をもとにこれから会議に出なきゃいけないんだぁ。蓮、君の話は証言として使わせてもらうねぇ」 「つまり、俺の失恋話が共有されるってことかよ」 「仕方ないでしょ〜? 省吾のためだもん。蓮も省吾に死んでほしくないでしょ?」  言いながらノアは立ち上がるとベッドから降りる。スライム達も彼の足元へついていった。  ノアはベッドサイドに立ち、手を二回鳴らす。 「さて、君にはちゃんとお勤めをしてもらうねぇ」  ノアが言い終わるとほぼ同時にノアの足元に蓮が来たときと似たような魔法陣が現れ、ピンク色の触手をたくさん持ったイソギンチャクのような魔獣が現れた。人間大の大きさのイソギンチャクは蓮のほうにぬるぬると近寄ってくる。 「は……? なんだそれ……」 「この子はねぇ、ラーリ・イソギンチャクっていって、とっても気持ちよくしてくれるらしいよぉ。この世界のアンダーグラウンドな夜のお店ではこういった魔獣とのプレイを楽しめるところもあってね、そういう特殊嗜好を持つお兄さん、お姉さん向けに特別に調教した魔獣なんだぁ」  触手の一本が蓮の体に触れる。  もどかしい気持ちよさが広がっていくような気がした。 「この子達の体液はねぇ、人を気持ちよくしてくれる成分が入っているらしいけど、異世界人にも効くのかなぁ。出来れば逐一経過観察したいんだけど、俺がいたら思いっきりヨガれないよねぇ」 「……おい」  蓮は顔を青くする。 「省吾が前に不調だった時にちょっとした息抜きにならないかと調べておいたけど、この見た目だし、ロマンチストな省吾にはキツいかなぁって思ってお蔵入りしてたんだぁ。ここで役立ってよかったよぉ」  触手が何本も蓮の体に絡みついてきた。 「じゃあ、がんばってねぇ」  ノアは言うとラーリたちスライムを引き連れて扉から出ていった。  そうして、蓮は一晩で何度も達し、あっという間に腹の紋章のゲージは満タンになったのだった。

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