28 / 33
第28話 「残念! シルクです」
「はい、これは?」
「ミルク?」
「残念! シルクです」
兵士はおどけて石板に書かれた文字の正しい発音を口にする。間違えた、と省吾は手に持った単語帳のシルクの段にチェックを入れた。
次の日には省吾の拘束は解かれ、檻の中に限り自由に動き回ることが出来るようになっていた。そこで省吾は暇をもてあそぶのも、と思い見張りの兵士にお願いをして単語の発音を教えてもらっていたのだった。
あれから5日が経った。あの日以来ミロもノアもサイも現れず、省吾はひたすらこうして発音を覚えて時間を潰していた。人によっては面倒だと言って断られるが、多くの兵士は鍛錬の時から仲良くなっていた人たちだったので快く引き受けてくれた。
彼女たち曰く、昨日ぐらいから急に魔獣が現れなくなったとのことなので、蓮はちゃんとお勤めをこなしたのだろう。
「この発音は難しいのでこちらの世界でも間違える人はたまにいます。私の子供もたまに言い間違えるんですよ」
今日の見張りは30代くらいに見える女性だった。柔らかな声音で教えてくれるものだから母を思い出す。彼女がこうして省吾の勉強を教えてくれたのは遠い昔だったというのに。
「わかった。気を付ける」
元々文法は文字として頭に入っていたのだ。簡単な文章ならば喋る事が出来るようになっていた。蓮が来てから翻訳機能が省吾の中から消えたので、今はこちらの生の発音を聞くことが出来る。
どうやらこちらにも丁寧な言葉遣いはあるようだったが、まだうまく発音できずぶっきらぼうな物言いになってしまうが兵士たちは気にした様子なく読みを教えてくれていた。
「わぁ~、すっかり仲良くなったんだねぇ」
パチパチと手を叩きながら檻の向こうにノアが現れる。隣にミロもいて疲れた顔で省吾を見ていた。
「ミロ、疲れてる。元気か?」
尋ねると、ミロは省吾を目を丸くして凝視した。
「こんな短い期間で言葉が喋れるようになったんだな」
「彼女たちに教えてもらってる」
言いながら省吾は兵士を目で示した。彼女はミロとノアが現れた事で片足をつき胸に手を当てて礼を示したポーズをしている。ミロは彼女のほうを見た。
「そうか。ありがとう。楽にしてくれていいぞ」
優しい声音でミロが言うと、では、と彼女は立ち上がり微笑んだ。
「今日はねぇ~、判決の結果を教えに来たんだぁ」
ノアが眉を八の字にして言う。省吾はノアのほうを見た。申し訳なさそうな顔からして、よくない知らせなのでは、と背筋が冷えた。
「結果としてはねぇ、城外追放だって。ひどいよねぇ。支援も打ち切り。今後は自分で働いて生きていけって」
「そう」
ノアの言葉に省吾は肩透かしをくらったような気分になった。
省吾は納得して頷く。不安がないわけではないが、外の世界にはサイもいるから大丈夫だと思えた。あまりにもあっさりと返したものだからノアは目を丸くした。
「いいの!? 一人で生きていける? これからは仕事も見つけなきゃいけないし、食事だって自分で作らなくちゃいけない。言葉は……、なんとかなりそうだけど」
「うん。サイのところで働かせてもらおうと思う」
以前サイが自分のところで働けばいいと言っていた。工業高校に行っていたのだ。就職に有利だからと入ったが、元々ものづくりも好きなのだ。
「あぁ……、そうか、サイのところなら安心だな」
ミロは頷く。ノアもほぅ、と息を吐き出した。
「そっかぁ〜。もうサイに同意は得てるの?」
「うん。前に言ってた」
「そうなんだ! よかったぁ!」
ノアは省吾の手を掴みブンブンと振りまわす。
「見ててねぇ。省吾が安心して街で暮らせるように、俺なんとか蓮をうまくおだてて褒めて時に怒って守護石に力を送らせ続けるから!」
ふは、と省吾は噴き出す。
「アイツ、おだてられるのに弱かったから、頑張って。もしこじれたら俺も話聞くし、あいつの子供の頃の恥ずかしいエピソードとか教えるから」
これでも幼馴染なのだ。彼の扱い方はわからなくもない。
ふと目を向けるとミロが複雑そうな顔をして省吾を見ていた。けれど何かを言うことはなく省吾と目が合うと口が笑みの形に変わる。
こうして省吾は檻から出され、明日一日で部屋を片付けて明後日には出ていくよう命じられたのだった。
ともだちにシェアしよう!