29 / 33
第29話 「蓮様より中隊長のほうがいい男ですよ!」
「中隊長、本当にいいんですか!?」
夕方の見回り業務を終えた部下に話しかけられ、ミロは足を止めた。
現在のミロは親衛隊50人ほどを束ねる中隊長となっており、指揮をすることが多かった。にも関わらず以前の部下はこうして親しく話しかけてきてくれる。
「明日には省吾様いなくなっちゃうんですよね? 聞きましたよ?」
女性がメインにミロの所に押しかけてきていた。城壁の見張り台をたまたま通りかかった際に呼び止められたのだ。女性が3人、男性が5人。ミロが小隊長だった2年前から省吾と一緒に鍛錬をしていたメンバーだった。中には省吾に文字を教えていた女性兵士もおり、そこから漏れたのかと思うと秘密保持について今一度講習でも受けさせたほうがいいかと思った。
「……それが」
「このまま出ていったら滅多に会えなくなりますよ!?」
「それどころか街で素敵な殿方に出会っちゃうかも! あっちは無法地帯ですし自由恋愛ですし!」
「お前たち……、自分の守っている場所に対してなんてことを」
乾いた笑いを漏らすミロに、主に女性たちがキっと睨みつけてくる。
「私達、中隊長がそんな臆病だとは思いませんでした」
「そうですよ! 私達はちゃんと見抜いているんですからね! この2年間、中隊長が恋する男の目で省吾様を見ていたことを!」
「ん゛っ!?」
思わずミロは後ずさる。それを少し引いたところで見ていた男性兵士がヒュウと口笛を鳴らした。彼らの態度はどう考えても上司に対するものではないがそれが許されている程度にはミロは彼らに対して気安かった。
「やっぱり本当だったんだ。中隊長が省吾様のこと好きだっていうの」
「お前たち、カマかけたのか!?」
ミロは自分の頬が熱くなるのを感じていた。女性の兵士の一人が腕を組む。
「あら、私はそう思ってたから言ったのよ? 中隊長、隠しているつもりだったんだろうし、実際男にはバレてなかったみたいだけど、私達女性兵士たちが集まった時その話題でもちきりだったもの」
そうなのか。
気まずくて視線をそらす。
「で、どうするんですか? 今日が最後の夜なんですし、告白しに行かないんですか?」
「……いや、それは」
そのつもりだった。省吾に渡すつもりで指輪まで注文した。重い男だと思われないかとノアに聞いてみたが、お勤めが終わった後は自由恋愛だしいいんじゃない〜? と実に彼らしい言葉をもらったし、サイに尋ねたら目をキラキラさせて応援された。
しかし、まさか蓮が呼び出された上に彼と一緒に逃げ出そうとして城外追放されるとは思っていなかった。
ノアや蓮に聞いたところ、蓮がそそのかしたというが、省吾だって彼についていこうとしたのだ。
そもそも省吾にとって蓮こそがオリジナルで自分は彼に顔が似ているからと指名された人間でしかない。蓮の姿を見てミロは実感した。確かに似ている。毎朝鏡で見ている自分の顔と瓜二つだったし、それは周囲の評判を聞いても同様だった。
「蓮様のことを気にしてらっしゃるんですか?」
「大丈夫です! 蓮様より中隊長のほうがいい男ですよ!」
男の兵士が力説する。周囲の兵士たちもうんうんと頷いていた。これについては身内びいきというものだろう。
「何よりこの2年間の信頼関係があるんです! きっと悪いようにはなりませんって!」
「あ、でも省吾様は蓮様とは10年来の幼馴染なんですって」
「…………」
女性兵士の一人が発した言葉に沈黙が訪れる。
「5倍の期間の信頼関係かぁ……」
「しかも省吾様はミロ様を見て指名してたってことは、完全に”そう”だよなぁ」
場の空気が一気に重くなった。考えることは一緒らしい。
「こっちの世界ではたった二人の異世界の人ってことだし、やっぱり特別な絆とか感じちゃうよね……」
「発音を教えている時にちらっと聞いたんだけど、省吾様はあっちの世界ではネグレクトに近い状態だったらしいんだって。だから、蓮様が面倒を見ていたって」
「え、なにそれ……。もう他の人が入っていけない絆じゃない」
ヒソヒソと女性兵士たちが話しているが、丸聞こえである。ミロはじわじわと不安が心を侵食しているのを感じていた。
そんなミロの肩を男性兵士が叩く。
「安心してください、中隊長! やけ酒を呑む時は付き合います!」
「私達も、その時はひと晩中飲み明かしましょう!」
「私も旦那に子供の面倒を見てもらう算段はついています!」
「フラれる前提で話をするな!」
ミロは思わず叫ぶ。彼らは気まずそうに視線を宙に泳がせていた。
「とはいえ、告白しないことには何も始まりませんよ!」
「そうですよ! もし告白がうまくいかなくても明日以降顔を合わせることもなくなるんですから」
「……お前たち」
ミロは口元をほころばせる。
「……そうだな。最期に当たって砕けるのもいいかもしれないな」
ミロが呟くと、皆一様に嬉しそうな顔をする。昨日省吾に言葉の発音を教えていた女性兵士がどん、と胸を叩いた。
「よかったです。それでは、省吾様からの伝言をお伝えしますね」
ともだちにシェアしよう!