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第30話 「案外本人には見えていないんだと思って」
ミロが部下の兵士たちに囲まれる数時間前の事だった。
牢から出た省吾は自室として貸してもらっていた部屋を掃除していた。とはいえ持ち物は少ないし、たった2週間も住んでいない部屋なのでやることも限られてくる。
来たときよりも美しく、の精神で省吾はホコリを払い、窓を拭いていた。
「あら、省吾様。もうこんなにキレイにしたんですね」
換気のために扉を開けていたので兵士の一人が入ってくる。昨日発音を教えてくれた女性だった。
「はい。これで明日はすぐに外出れます」
振り返ると、彼女は気の毒そうに眉尻を下げた。省吾はそうでもなかったが、こちらの人間からしたら城外追放は随分と重い罪のようだ。それともただ単に省吾に生活能力がないように思われているのか。
「俺、前の世界では自分で掃除もしていましたし、食事も作っていました。最初は少し戸惑うかもしれませんが、多分大丈夫です」
心配させないように笑って言う。母よりは年下だろうが、年上の女性に気を使われるとどうしていいかわからなくなる。
「そう……。私も見回りの時に気にかけるようにするから、もし会ったらなんでも言ってください」
「ありがとうございます」
じん、と鼻の奥が痺れる。こんなに気にかけてもらえるとは思わなかった。
「あの、それで、中隊長とはどうなってるのでしょうか? 外に出ちゃえばもう会うことは出来ないんですよね?」
彼女は恐る恐るといった様相で尋ねてくる。心臓が重くなった。
省吾はけれど気丈に答えた。
「ミロは今までに充分俺に対して優しくしてくれました。これからは好きな人と一緒になるべきです。婚約指輪も買っていたようですし」
「……でも、省吾様はそれでいいんですか?」
「はい、俺はミロが幸せになってくれれば、それで幸せです」
「……………………そうですか」
彼女は俯いて長いため息を吐き出す。
「あの……」
「あ、いえ、すみません。案外本人には見えていないんだと思って」
「えっと、何がですか?」
じ、と彼女は省吾を真正面から見た。
「最後に好きだと伝えるくらいはしてもいいと思いますよ」
「えっ!?」
省吾は耳まで赤くする。
「な、なんでそれ……」
「二人の空気を見ていればわかります。せっかく今は自由恋愛ができるんですから、当たって砕けてから出て行っても誰も文句は言いませんよ」
この二年間を思い出す。省吾の行動で街が魔獣に襲われる事を知ってからというもの、もう愛を求めることは諦めていた。愛を求めた結果、ミロと微妙な空気になるかもしれないと考えた時、いつだってクリスを始めとしたあの日傷ついて地面に横たわっていた兵士や市民が脳裏に浮かぶ。
けれど今やその責任は蓮に渡ってしまっている。
「……うん、そうだな」
ぽつりと省吾はつぶやき、下手な笑みを作った。
「じゃあ、悪いけどミロに伝言を頼めるか? 直接言いにいけばいいんだろうけど、もう俺は今は城内を自由に歩けないから」
「もちろんです」
にっこりと微笑んで女性兵士は返す。
「今晩、俺の部屋に来てほしい、って伝えてくれ。都合のいい時間でいい。俺はずっと待ってるから、って」
こくり。女性は頷く。まかせてください、と両手を腰に当て胸を張った。
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