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第33話 「ワクワクするでしょ?」
「馬鹿なの? アンタたち」
サイが呆れたような声で二人に尋ねる。ミロと省吾は目を見かわし、困ったように笑った。
あの後、二人は見張りの兵士の目を盗んでミロの部屋に行った。湯を使わせてもらい、体を清め、数時間の仮眠を取った。
そして朝、省吾は起き上がることが出来なかった。
原因は言わずもがな、一晩中セックスをしたせいである。
「今日引っ越しってわかっていたわよね?」
手伝いに来たサイは省吾の代わりに荷物を運んでいるミロを睨みつける。ミロは顔をそらしながら答えた。
「仕方ないだろ? 2年分の片思いが実って嬉しかったんだよ」
「いや、私も好きよ? そういう話」
サイははぁ、とため息を付きながらため息をついた。
「でもね、今日は引っ越しなの! 一日中歩き回らなきゃいけないの! わかってる?」
「わかってるって。だから省吾の代わりに俺が手伝っているんだろ?」
言いながらミロは借りてきた馬車に最後の荷物を詰め込んだ。省吾のほうはと言うと、布団にくるまれて荷台の隅で丸くなっている。いたたまれなくてサイの顔が見られなかった。
「あ、よかったぁ~、間に合った!」
ノアが3人の姿を見ると走って近寄ってくる。後ろにジェドや2年間世話になったメイドもいる。
「昨日はごめんねぇ。ちょっと目を離したすきに蓮が迷惑をかけていたんでしょ~」
ノアはしおしおになった顔で謝ってくる。どうやら彼も蓮には手を焼いているらしい。
「いや、俺も今後は見張りを強化しようと思うし、ヒジリに対する接し方のマニュアルを書き換えなければと思っていたところだ」
蓮の監督者と城の警備の責任者。お互いの立場で互いをねぎらっている。これからも大変そうだな、と省吾は思った。
「あれ? 省吾、どうして布団かぶってるの~?」
ノアは省吾を荷台に見止め、首をかしげる。どう答えようかと考えているとサイが先に口を開いた。
「風邪を引いちゃったんだって。で、動けないから代わりにミロが手伝うんだって」
「え、そうなの?」
ノア達は心配そうに省吾を見る。ジェドが近寄ってきた。
「大丈夫ですか? 省吾様。くれぐれもお体には気を付けてください」
「そうだよ〜。もう城に居たころみたいな医療は受けられないんだから!」
「私がちゃんと面倒見るわよ。そんなに心配しなさんな」
以前の様に気遣ってくれる彼らに心が温かくなる。ヒジリでいた頃、彼らは自分の立場のために心配してくれるのだと省吾は思いこんでいた。けれど、今の彼らは省吾の立場に関係なく心配してくれている。
「ありがとう。……多分、すぐに治るし」
だからこそ、嘘をついているのが申し訳なくなる。しかし、本当のことを言うのは気恥ずかしくて無理だった。
目をそらし続けているミロと赤くなっている省吾から何かを察したのだろう、ジェドは一歩引いて咳ばらいをした。
「でしたら、よかったです。これからも何卒体にはご自愛ください」
「そうだよぉ~。もしサイでも治せないような病気になった時は手紙を送ってね! 俺がいくらでも力になるから」
「失礼ね、アンタ」
ノアの悪気のない言葉にサイが眉間に皺を寄せる。
「まったく……。まぁいいわ。今日は晴れの門出の日なんだから許してあげる」
「門出……?」
サイは御者席に座りながら告げる。ミロもサイの隣に乗った。
彼は今日一日休みを申請していたようで、部下からはミロがやっと休みを取った事に対して喜ばれたらしい。
「そうよ。アンタはこれから自由。何をしてもいいし、しなくてもいいの。好きに生きていいのよ。ワクワクするでしょ?」
サイの言葉に、省吾は目を瞬かせ数秒後に花が咲いたように笑った。
メイドも、ジェドも慈愛に満ちた目で省吾を見、頭を下げる。ミロも苦笑する。ノアだけは寂しそうに省吾を見つめていた。
そうしてサイが馬に鞭を入れ馬車が動き出す。抜けるような青空がまぶしかった。
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