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第2話 本編
――誰も答えてくれないかも知れないが、聞いていいだろうか。
(どうしてこうなった……!)
心の中で叫んだところで答えなんて帰ってくるはずもないけれど。答えてくれる相手もいないし。
結局。真耶さんは気がついたらいなかった。どうやら早々に帰宅したらしい。真耶さんらしいけど。
葵は女の子の金パに攫われてった。潰した俺が悪いんだろうけど、まあこれもお持ち帰りって事になるんだろう。葵のことだから大丈夫だろうと思う……多分。
和馬は俺が狙っていた子とそのまま夜の街に消えていった。うーん、我ながらうまい表現だ。要するにどうなったのかは推して知って欲しい。
スタッフの子も付き合いきれなくなったのか、さりげなく自然に解散していたようだ。俺がそれに気づいたのはだいぶ後だったけど
で、残りと言えば。
目当ての子以外ともあぶれてしまいそのまま酒飲み続けていた自分と、店の勘定を支払うために残っていた理央さん。
一応人数の引き算はこうなるはずだ、計算間違いなんてない限り。
こういう単純なものほど、間違っていて欲しいと思うのは何でなんだろう。
「おい、もう帰るぞ」
「……ふぇ?」
浴びるように酒を飲み続けて酩酊寸前で、声をかけられて顔を上げればそこには理央さんがいた。
呆れたように向ける視線がそこはかとなく痛い。ああ、今絶対この人俺の事馬鹿だって思ってる……。
「あれ、皆は?」
「とっくに帰ったよ。あとは俺とお前だけだ」
ふらつく頭で周りを見渡せば、もう誰も居ない。俺達のいた席以外もすっかり人気がなくなっていた。
ああ、やってしまった。こうなってしまうならとっととだれでもいいから女の子と帰っておけばよかった。
よろよろと立ち上がって鞄を拾うと、理央さんから立て続けに声を書けられる。
「先に外出て待っててくれ。もう閉店時間過ぎてるし、中にいると店の邪魔になるから」
ぴしりという音が聞こえそうなくらいの言葉に気の抜けたへーい、と言う声で返すと、ドアを開けて外に出る。
本当は今すぐにでも帰りたいが、このままろくに挨拶もせず帰るのはさすがに気が引けた。
こんな時間まで面倒みてもらったわけだ。せめて一言位言わないと気まずい。
外は、店の中が異様に暑かったのもあったが頬を撫ぜる風がひやりとして心地良い。
酒のせいもあるだろうけど、こっちはもう夜は寒い時期になっていたんだな、と気づいた。
地方を巡った後はいつもこんな事を思う。ずっと、地元に居た頃には気づかなかった事ばかり。
(さっむ……)
持ってきたスウェットパーカーだけでは少し寒くて、ず、と鼻をすすっていると店から理央さんが出てきた。
送りに来てくれたのか店の店長と共に出てきたので、すんませんした、と俺も店長に挨拶する。いいから、また来てねと人の良い笑顔を浮かべた店長に和まされながら、二人で店を後にした。
隣を歩く理央さんは寒さを予想していたのか、着ているボア付きのジャケットが暖かそうだ。少し恨めしい。
「理央さんもお疲れさんです……じゃ、俺」
「お疲れさん。俺、機材車持ってくるから悪いけど少し待ってくれるか」
『俺このまま帰ります』と、言いかけた俺の言葉を遮って、そう言うと理央さんは小走りに去っていった。
言いかけた言葉は、そのまま宙に浮かんで消えてしまった。
いや、聞けよ! 俺帰りたいし! くそう、と地団駄を踏みながら、あれ、と理央さんが走っていった先を眺める。
(機材車……?)
先程の理央さんの言葉を思い出して気づいた。そうか、今日は理央さんが機材車当番だったのか。
(てことは、最後までいたのに飲んでないのか、あの人)
少し、驚いた。
基本、機材車当番になった場合は飲まずにとっとと帰るか、コインパーキングに放置して飲みに参加する。
もちろん後者は自分と葵くらいだけれど。車上荒しとか危ないから。
(飲まずにこんな時間まで付き合うとか、俺なら無理だなー)
そんな原因を作ったのは、間違いなく自分のせいだろう。少し反省して仕方なく大人しく機材車を待つことにする。
理央さんが帰ってきたら今度こそ帰るぞと心に決めて。
数分後、エンジンの音とライトに振り返ると機材車が走ってきた。そのまま路端に停車する。
運転席の窓が下りて見えるのは理央さんの顔。
これで帰れると思うと、ようやく顔が緩んだ。今の自分は、きっと超絶いい笑顔が張り付いているはずだ。
もしかしたら今日一番の達成感かも知れない。くだらないことだと分かっているけれど、ちょっと嬉しいかも。
「じゃー、俺「送るよ。どうせ途中だろ」」
帰ります、まで、なんで言わせてくれないのかこの男は! 空気を少しは読んでくれ!
それでも断ればいいんだけれど、このタイミングとこの寒さ。苦手な人との居る数分間。
どっちを優先するかと言われて、俺は後者をとってしまった。だって、寒いの苦手だもの。
「……じゃーオネガイシマス……」
まあせっかくの好意だし。無碍には出来まい。
しぶしぶ助手席のドアを開けて、とろとろとした動きで乗り込んでシートベルトを締めた。
「じゃあ帰るか」
俺がシートベルトをつけるのを確認してからそう理央さんは言うと、機材車は深夜の道路を走りだした。
十分後。
車内は、いっそ笑ってしまうくらいの寡黙な空間になっていた。
寡黙といえばそんな題名の曲が昔のバンドであったよなとか思い出す。題名長いから全部は思い出せないけれど。
気まずさもありこちらから話そうとするも、この人との共通の話題って、特に見当たらないのだ。理央さんだって自分から話すような事も多分無いだろう。
大体同じギタリストだからってギターの話だってほとんどしたことがない。そもそもタイプが違うから話せるかどうか。
せいぜい加入してからのこの人との会話って説教くらいだろうか。一方的だから全然会話じゃないけど。
なんとも気まずい空間だった。
車から外を見れば、深夜の街灯がいくつも通りすぎていく。
この辺りの深夜道路なんて本当にがら空きだ。対向車だってほとんどいない。
信号待ちの時間を数えながら、酔った頭でふと思い出したこと。
(あ、弦……)
すっかり酒で忘れていたけれど、せめてお礼位言わなければ。
そう思った時には既に口が開いていた。
「理央さん、」
「なに」
案の定そっけない返事が帰ってくる。
一瞬躊躇うが声をかけてしまった以上は仕方がない。言葉を続ける。
「あの弦、ありがとうございました」
「……ああ、いいよ。別に」
「そういやなんで覚えてたんすか。俺、和馬に軽く愚痴ったくらい時しか話してないのに」
そう言いながら、運転席を覗き見る。街灯の光の反射で二、三度瞬きをしたのに気づく。
それから、あーとかうーとか言葉にならない声を出す理央さん。
彼には珍しい仕草だ。それがなんだか少し幼く見えていつもの理央さんとは違いちょっと話しやすいかもしれない。
自分が酔っているせいだろうか。
「いやなんとなく……耳に入ったから。あと、いつも弦替えるときあのメーカー使ってたし」
そう言われて俺は思い切り横を見てしまった。
一緒のバンドになってから、そんなに頻繁に弦を替えた覚えはない。
「よく覚えてますねー……おれは理央さんがどの弦使ってるかなんて知らないのに……」
「職業病みたいなもんだな。ついつい、人がどんなの使っているのか気になって仕方がない。それにお前の弦替えやたら早いから、目につくんだよ」
多少皮肉を込めた俺の言葉になんの悪意を拾うこともせずに笑う理央さんはいつもの面倒臭そうな態度とは違っていた。
俺が見たことがない、なんだか好感が持てる笑顔だった。
なんだろう、今隣にいる理央さんは自分が知っている彼ではないみたいだ。俺の知っている理央さんはいつもはもっと小煩くて、説教臭い感じの人なのに。
で、俺や葵や和馬にガミガミ叱ってああだこうだと言ってくるような、そんな人だったのに。
こんな人だっただろうか。自分が知っている理央さんとは違う、と考えて、はた、と気づいた。
(……俺、この人の何を知っているんだろう)
俺は彼の、何を知っているんだろう?
そう気づいてから、運転している理央さんを盗み見た。
ふとハンドルを持つ手元に、赤く光るそれが目に入りあ、と呟く。
「あれ、煙草……」
この機材車は禁煙、と以前和馬に聞いていた。だから俺含め、喫煙者は長距離になるとこの車にはあまり乗らないようにしている。
窓を開けながらああ、と理央さんは紫煙を吐く。
「ま、いつもは真耶さんいるから、この機材車禁煙って言ってるけど。皆には内緒な」
あとでファブリーズしとくか、とバツが悪そうに笑う理央さん。
(俺はこんな人、知らない。)
知らないんだ、こんな風に笑う理央さんなんて。
だからか、この後なんでこんな事を言ったのかあんまり覚えていない。
ただなんとなく、帰り道の数十分程度でこの人と別れてしまうのが勿体無い、そんなことを考えてのかも知れない。
気がつけばこんな言葉を発していた。
「……あの、理央さん」
「なんだ?」
「飲み直しません?理央さんちで」
俺はこの人の事、本当に苦手だと、嫌いだと思う。
それは今も変わってはいない。
けれど。今日みたいにこんな風に話すことができるのなら。
ほんの少し、ほんの少しだけ歩み寄ってみてもいいかも知れない。
俺の言葉が意外だったのか理央さんはほんの少し言葉に詰まったように黙った。俺が誘ったことがよほど意外だったのかも知れない
それから少しして、小さくああ、いいよ。と笑いながら返してくれた。
安堵したように息を吐く俺を乗せて、車は帰り道とは逆に走りだした。
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