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第3話 本編
深夜営業のスーパーで適当に酒とつまみを買い漁ってから車は理央さん宅へ向かっていた。
車内はまた、無言。先程の空気は一体どこへ行ったのやら。
理央さん家で、と最初に誘ったのは自分だけれど、俺は既にちょっと後悔し始めている途中だった。
理央さんと二人で飲む事が、ではない。この人のプライベートを見ることに、だ。
真耶さんは知らないが、和馬とか葵も知らないって言っていた。
実質俺が初めてになるんじゃないかと、そんな期待と恐怖。
いったいどんな家なのか。どんな生活しているのか。
(まじでギターとセックスするような生活だったらどうしようか……)
そんな馬鹿なことを考えているうちに、茶色の建物の前で車が止まった。
「ここの四階の突き当たり奥の部屋だから。先入ってて」
「え」
機材車置いてくるから、と部屋の鍵を手渡されて一瞬たじろぐ。
部屋の住人、しかも理央さんの部屋に、一人で入るのはなかなか気が引ける。が、住人本人がそう言っている以上仕方がない。
車から買ったものを抱えて降りると、駐車場に向かうだろう機材車を見送ってマンションのエントランスに向かった。
綺麗なエントランスだ。管理人室があるのを見る辺り、昼間は管理人がいて掃除でもしているんだろう。
辺りを見渡しながらエレベーターを見つけると、上りボタンを押す。
外観も良さ気なマンションだった。築年数がそう経っていないんだろう。
もともと住居とか生活とかを豪奢にするような人ではないから、駅から近いとか、駐車場が近いとか、部屋が防音だとか、そういう合理性重視で選んだ気もするけれど。
そんな事を考えていたらエレベータが昔ながらのチン、と音を立てて開いた。乗り込んで4階のボタンを押す。
カチリとボタンに爪が当たる音を聞きながら、少しだけ緊張している自分に気がついた。
エレベーター独特の浮遊感を感じながら壁に凭れて目的階に着くのを待つ。
ゆっくりと息を吐く。
なんの緊張をしているんだろうか、俺は。
まるで童貞の中坊のようだ。今から彼女の家に行く所、みたいな。
そう思うとなんだか可笑しく情けない。例え方もセンスがないな、とげっそりしているといつのまにやら目的階に着いていた。
閉まりそうなドアから慌てて降りて、突き当たりに向かい目当ての部屋を探す。
あった。ご丁寧にネームプレートに村井とまで書いてくれてある。理央さんの本名の名字だ
相変わらず几帳面な性格ですこと、と少し毒づきつつも渡された鍵を差し込んだ。
「おじゃましまーす、と」
誰もいないことは分かっているが様式美というものだ。性格的にもなんとなく言わないと気が済まない。
らしくない、なんて和馬には良く笑われた気がする。そんな事を思いながらドアを閉め、手探りで部屋のスイッチを探って電気をつける。
「……うわ」
電気に照らされた、ワンルームの部屋は見事に殺風景な部屋だった。
家具も家電も必要以上のものはない。汚れてもいないけれど生活感もない。寝るためだけの部屋、という感じ。
ただ部屋の奥を見やると、そこには予想通りのものが溢れていた。ギターやら機材やらそんなもののエトセトラ。
思った通り女っ気は微塵も感じられない。いっそ床に転がっているマニキュアがそうであればいいけれど、色が黒な所を見ると、爪の保護用に買っただけだな、と簡単に想像できる。
女性の匂いのかけらも見出せない部屋を眺めながら想像通り過ぎて少し笑ってしまう。
「立ち止まってないで、上がったらどうだ」
「わ、いつの間にきたんすか」
掛けられた声に慌てて振り返れば少し憮然とした顔の理央さんがいた。笑っていたのに気づかれたんだろうか。
荷物、と言われ持っていた袋を渡す。
「用意するから、奥行ってろ」
「あ、はい」
そう溜息混じりに言われて、そこで気づいた。別に気づいて怒っているわけじゃないらしい。
ちょっと前の自分なら理央さんのこの態度にも少し苛立ったかもしれないが、なんとなく分かってきた。他人に自分の部屋を見られて、少し照れているのだと思う。多分、だけれど。
らしくなくてさらに笑いがこみ上げるが我慢して、言われた通りに奥に行くことにする。
部屋の奥はギターと機材でほぼ埋め尽くされていた。
生活を感じられるのはベッドくらい。あとは仕事用らしい画面と一体型のパソコン。
残りはギターが数本とほぼ機材。アンプからエフェクターまで。
家用に真空管アンプなんてうちにはねぇよと思いつつ機材を一通り眺めてから、機材と機材の間になにか挟まっているのが目に入った。
不思議に思いよく見てみるとどうやら、譜面のようだった。
作曲用のだろうか。引っ張り出そうとして文字が書いてあるのに気づく。
見覚えのある文字がそこに羅列していた。
この字は確か、真耶さんの字だ。
「何を見ているんだ?」
急に声をかけられて振り返れば、ほら、と空のグラスを抱えてきた理央さんが入ってきた。
「あ、どうも……」
その場から離れて、持ってきたグラスを受け取る。そのまま先程買ってきた酒とつまみを直接床に広げていく理央さん。机とか出したりしないんだろうかと思って見渡すと見当たらない。多分これがこの人の通常なんだろう。一人の時は。
つくづく、らしくないなァ、などと思う。理央さんという人はもっと神経質そうな人だとばかり思っていた。
まあいいか、と諦めてグラスに買ってきていた氷を詰めていく。もちろん、手で。
「あ、あれ、」
「ん?」
「新曲、ですか」
酒を注がれながら、先程の挟まっている紙を指差す。同じ方向を見た理央さんが、ああ、と気づいたように声を上げた。
「こないだ真耶さんが来たときに、ちょっとな」
とぷん、と水音が鳴る。淡い琥珀色した酒。
酒は、自分ではなく理央さんが選んだものだ。焼酎をお願いしたのだが良さ気なのを選んできたんだな、と色を見ながら思う。自分の好きな古酒タイプのものだ。熟成されていて、匂いもまろやかな気がする。
「真耶さん、よく来るんですか?曲作りとかで」
「いや、そんなには来ないよ。あれはたまたま来てた時にいいのが出来そうだったから、仮歌作ってもらっただけ」
ボツになんなきゃいいけど、と理央さんは自分のグラスに酒を注ぎながら続ける。
先ほどと同じ水音。氷の溶ける音がキィンと音を立てる。
「さて、飲むか」
心なしか微笑んでいる理央さんがグラスを上げる。慌てて自分もグラスを上げると、グラスの華奢な音が部屋に響いた。
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