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第4話 本編
「俺はお前に嫌われていると思ったよ」
唐突にそんなことを言われてぎくりとする。
時間は深夜と言ってもいい。最初の車内での沈黙はどこへやら、いざ腹をくくって思いつく話を上げてみれば意外にも理央さんとは意見が合い、それが睡魔を吹き飛ばしてくれた。
眠るのが勿体ないかも、そんな気分にさせてくれる。
特にギター。
とことん音作りに拘るなどのギターへのこだわりが強い理央さんに比べて、俺は周りから見ても特別ギター一つに熱を入れているようには見えないだろうし、実際にそうだ。
ただフレーズを考えるのは好きだった。だからギターはそれのためのもの。
ギタリストの格好良さってことは別にあるんだ、というのが俺の持論。
もちろん上達出来ればそれに越したことはないけれど本当はギターの練習をするより一つでも多くのフレーズを作りたい。
だからずっと対極の位置にいるなと常々思っていたのに、理央さんは想像していたそれよりももっと別の意外な言葉を自分にくれた
「ギターが特別上手いからって、格好良いギタリストになるわけじゃないだろ」
はあ、と聞きながらスルメを齧る。結構な硬さが良い。
練習熱心なカート・コバーンやシド・ビシャスなんて気持ち悪いと思うのと一緒だ、と理央さんは言葉を続ける。
言われてみて、歴代の名プレイヤーの練習風景を想像してみると確かに気持ち悪い。
カートが真面目にギター弾いていたらコートニーとはデキてなかっただろう。どうでもいいことだけれど。
いや、それよりも意外なことがあった。それが何か問題あるのか?と不思議そうな顔で言うこの人は、まぎれもなく理央さんだ。
いつもあれだけ音作りやらなんやらに拘る人の言葉とは思えない。
「いや……理央さんは俺みたいなタイプのギタリストは嫌いだと思っていたんで」
そう返したら、あの返事だ。
間違ってませんよ。実際俺あなたのこと苦手でしたもの。
そう言いはしないけれど、実際に理央さんがそう思うのは当たり前だ。俺は加入してからずっとそういう態度で接していたんだし、それで気づかない方がおかしいだろう。
ただ真正面からそう言われると、やっぱりビビる。変な汗が出そうなこちらの心情を知ってか知らずか、そのまま言葉を続ける理央さん。
「いつもお前らにはうるさいことばっかり言ってるからな……まあ、嫌われるのもしょうがないだろ」
彼のいうお前ら、というのは俺と和馬と葵のことだろうか。
和馬はともあれ、葵も俺と同じように苦手だと感じているかも知れない。スタジオ遅刻者の常習犯は大体自分と葵だから。
そう言われてみれば確かにバンド内の説教役といえば理央さんがその立場の人になるだろう。
真耶さんは基本は口を出さないから、結果的にお役目が理央さんにくる、と言った方が正確だ。
その結果、不満の対象となるのは理央さんただ一人。
それでも気さくに話せる人ならばここまで苦手意識とか嫌悪の対象にはならなかっただろう。
けれど、普段はクソがつくほど真面目なこの人の事だ。
馬鹿話で盛り上がるような自分達とは違い、もともとの口数も少ない彼とは一線を置いた付き合いを今までずっとしていた。
しかし、今日の理央さんは珍しく饒舌だ。
今までだって集団で酒を飲んだことはあったが、こんなに話しているのは初めて見るかもしれない、と思って見ると顔が赤い。
珍しく酔いが廻っているんだろう。家飲みだからだろうか。
壁に凭れて立膝で酒を呑む姿はいつもの彼の雰囲気とは違っていた。
Tシャツから見える首筋から鎖骨のラインが意外と骨ばっているな、と今まで近くで見ていたと思っていたが初めて気がついた。
俺みたいな細身とは少し違う、なんというか。
(ええと、……赤身系?)
ボキャブラリーの貧困さを嘆きたくなるが、例えるなら一番近いかも知れない。
眺めているとなんとなく照れが出てきてしまい、つい目を逸らしながら言葉を返した。
「あはは……まあ実際俺ら怒られるようなことしかしてませんからねぇ」
「まあな」
率直な返答に、やっぱり否定しないのかと思いながら一気に酒を煽る。
初めて飲んだけれど旨い焼酎だ。結構気に入った。あとでボトルのラベルを記憶しておこう、と飲みながら思う。
そういえば理央さんは焼酎好きだったんだろうか。今更ながら気にしてみたがもう遅い。特に何も言わず飲んでいるから、多分大丈夫だろう。
でも、と理央さんが言葉を続ける。
「俺、お前の曲は好きだよ」
からん、と氷が音を立てた。
言われた言葉に一瞬理解ができずに、へ? と間抜けな声を上げてしまう。
「なんだ」
「あ、いや。ちょっと意外だったもんで……それにまだ一曲しか作ってないし」
「そうだったか?でも前のバンドの時からお前の曲は、全部聴いてるけど」
「へ!?」
言わなかったか? と言われて聞いてないっす、と返すのが精一杯だった。
きょとんとした顔でこちらを見る理央さんの視線に、やたら恥ずかしくなって目を逸らす。ああ、ていうか理央さんのそんな顔をみるのも初めてだったのに、俺が恥ずかしがってどうするんだ。
ああ、もう、と逸らした視線の先には、先程の楽譜。
「あ! あの!」
「ん?」
「それ、見ていいですか!?」
これ以上続けられたら堪らない、と強引に話を逸らそうと先程見つけた譜面を指差す。
理央さんも気づいたみたいで、あ、と声を上げた。え、と戸惑っている理央さんを他所に楽譜の方へ向かう。
「あ、ちょっと。それはまだ出来てないから」
「いいじゃないすかー、見せてくださいよ」
まだ出来ていないものを人に見せるのは嫌なものだ。それは分かる。分かるけど、今のこの空気が堪らなくて紙を引っ張り出そうとする俺と、制止にかかる理央さん。
軽く揉み合いのような体勢になってわたわたと二人で攻防を続ける。
「だから待てって……っと!」
「いいから、いいから……って、」
紙を取る取らないで小さく縺れ合って、二人して床に転がり倒れた。深夜にしてはよろしくない音が部屋に響く。
「あてて……」
「うぅ……」
大の男二人がなんて格好だ。
そして地味に痛い。どうもはずみで腕をぶつけたみたいだ。
なんとか上体だけ起こせば先程のでグラスが転がってしまったらしい。氷が絨毯の上に広がっているのが見えた。
その横で転がる理央さん。後頭部をぶつけたのか痛そうに眉間にシワを寄せて瞼を伏せている。
酔いも廻っているせいで起き上がるのが面倒だなとか思いつつ、俺の下になっている理央さんをぼんやり眺めてみた。
上から人を見下すのってくだらないけれどなんだか優越感。理由が馬鹿らしいけれどちょっと面白い。
閉じている瞼が開くのを待ちながら、ふと普段気づかないことに気づく。
(……瞼の、)
綺麗な人だったんだな、とか、そう思った事に自分でも驚いた。
先程発見した首筋のラインだとか、今日は理央さんの知らないところをよく見つける日だな、なんて、気持ち悪い事考えすぎかな、と思いながらまたもう一点、この状況じゃなければ分からなかったことに気づく。
(なんか、この人の痛がる表情って、なんか……)
「……一?」
ようやく痛みが引いたのか薄く開いた瞼に名残惜しさを感じながら、理央さんと目が合った。
向こうにしてみればなんで早くどかないのか、と思っているんだろう。自分でもそう思う。でも。
(なんか、ねぇ……?)
顔の距離が近い。
なんだかやたらと体、というより顔の方が熱かった。
「おい、……っ」
何を、その時思ったのかは自分でもよく分からないままだ。
――気がついたら自分から、理央さんにキスしていた。
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