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第5話 本編
あの後。
数秒後に唇が離れてから。
自分の行動への羞恥とか混乱とか色んなものがぐちゃぐちゃに混ざり合った頭で俺は自分の行動を思い返していた。
反応が怖すぎて理央さんの顔を見れない。
(え、でもでもだってだって! そういう流れだったんだからさあ……って流れって、何)
本当に何やってるんだ俺は。
とにかく今すぐ謝って、酔いが過ぎましたとちゃんと説明しよう。
そんな事を考えていると突然、後頭部を掴まれた。
「いっ!?」
バランスを崩して起こしたはずの上半身がまた倒れ込む。
あ、やばい。そんな事を考える間もなく今度は理央さんからのキスを受けた。
先の俺がしたような重ねるだけの可愛らしいものじゃない。今しているのは、口腔を犯されてるみたいな、深いもの。
舌が割り込んでいる事に抵抗しない自分にも驚いたがそれよりも彼が今している行為の方がよほど衝撃だ。
(理央さん、見た目に反して順応性が高い……)
別に空気を読んだわけでも無いだろうし、とか考えて始めた頭の中は、先程に比べて意外にも冷静になりつつあった。
というよりは今起こっている現実が、俺自身のものではなくて他人事のような感覚に近いからかもしれない。
その癖、俺の方もしっかり舌を絡ませてしまっているから質が悪い。そりゃあそうだ。快感には従順でいなけりゃ人間なんてやってられない。
飲み過ぎのせいか、上手く呼吸できないせいか、頭の奥がじんじんする。そもそもなんでこうなったんだっけ、でも気持ちいいしもういいかな、と感じている辺り自分も結構なものだ。
こういう状態が、本当の現実逃避っていうんだろう。
は、とようやく離れた唇で大きく息を吸った。
呼吸が荒いのはお互い様だ。二人して無言で息を整えながら視線を下にやる。
まずいな、と、感じたのは自分だけじゃないようだ。
向こうも気がついたのか、少しだけ気まずそうな表情を浮かべている。
いっそお互いに笑い話にしてしまえば楽になるんじゃないか。この空気がもう出来そうにはないみたいだけど。
――理央さんのも自分のも見事に反応していた。
わー、とかあーとか、叫びだしたい時って多分こういう状況のことをいう。
心情的には頭を抱えたいけれどそうもいかない。
最悪、見て見ぬ振りすることも出来るし今止めれば酒の席の気の迷い、で済むことだ。理央さんは分からないけれど俺自身はそう出来る自信は、ある。
が、俺としてはその選択肢は避けたい。何故ならちょっと、いや結構な興味があるから。
となるとやることは一つしかない。
「あのー……」
俺がそう呼びかけても、理央さんは無言だった。
怒っているのだろうか。いやいや自分からもしておいて多分それはないだろう。
大方ご多分に漏れず彼の方もこの状況をどうすればいいのかを今目一杯考えているんだろう。
けれどそれを待つのは俺としては面白くない。意を決して跨っている位置を後ろにずらし、ジーンズの上から理央さんの反応しているそこに手を伸ばした。
「!」
びくりとして理央さんは身を捩る。まあ当然の反応だろう。俺だって理央さんの立場からしたら一体何をするのかと思う。
けれど。
理央さんはそれっきり、抵抗することも避けることもせずに俺のなすがままになっていた。
処女でもあるまいにこれからどうするかなんて事は想像に難くない。
ベルトの金具の音。ジッパーの降りる音。衣擦れの音。
こんなものは全部自分が聞く側にいたのに、まさか自分が経験する側になるとは思わなかった。
人生いろんな事があるもんだなァなんてしみじみ思う。齢二十数年くらいしか生きてないけれど。
少しだけ震えている手がもどかしい。どうにかジーンズと下着を両方とも一気にずらすと、顕になった膨張しているそこ。
(デカ……)
服の上からでもなんとなくは分かっていたけれど、実際に見るのとはやはり違う。
この人の、やっぱりデカイわ。
ついまじまじと眺めていると、
「お、い……」
そこでようやく理央さんから声がかかった。流石に出すもの出してしまうと躊躇し始めたらしい。理央さんには珍しく焦ったような声が、逆に思考を冴えさせていく気がする。
手を止めてゆっくりと顔を上げてやる。何を今更、と言わんばかりに眉を寄せて彼の顔を見た。
「声かけるの、遅くないすか……」
それから、わざと彼が言いたいだろう事とは別の焦点で言葉を返す。
作ったわけではないけれど思いの外、発した声が低く響いて自分でも内心驚いた。
「ここまでしといて、嫌っすか?」
今更やめろとでも言いたいんだろうか。それはもう無理ってものだ。
理央さんを見下ろしながらカットソーの裾に手をかける。俺の行動が読めないのか、理央さんは先程からずっと困惑した表情でこちらを見ていた。
その視線が逆に心地良くて一気にカットソーを脱ぐとそのまま床に投げ捨てた。
これで、上半身裸の俺と、そんな俺に下半身露出させられている理央さん。どう見たってもう、これからすることは一つっきゃ無い。
気の迷いなんて言葉は使えない。だって俺は、もう戻りたいと思っていないもの。
「まあ俺はどっちでもいいんですけど……じゃあ、」
どうします? と、目の前で笑ってやる。
固まったまま動かない理央さんを見ていると、なんだか楽しい。こんな理央さんは初めてで面白い。
いつもと違って、俺の方が理央さんを諭している立場になったみたいだ。
変な優越感がこそばゆい。
「これからどうしたいですかァ? 理央さん」
へらへら笑いながら、相手に決めさせるような言葉を放って理央さんへ首を傾げてみた。
ああ、この体勢で居続けるのも心地良い。
「ほら、言ってみて下さいよ」
さて、彼から見て今俺はどう見えているんだろう?
発狂したとかそんな風じゃなきゃいいけれど、と頭の片隅で思いつつ彼の顔を見る。
(あーあ、)
いつもの朴念仁ぶりはどこに行ったのやら真っ赤な顔のままこちらを見上げている理央さん。
嫌だ、やめろ、と言われたらそれまでだけれど何故だかそんな風にはならない気がしていた。ただの勘だけれど。
彼は口をぱくぱく動かしてから、少し顔を背けて瞼を伏せてしまった。
何か言おうと思ったけれど言葉にならなかったみたいだ。
このまま彼の瞼を眺めているのも楽しいけれど、続きがしたいこちらとしてはまどろっこしい。
はやく、と言おうと口を開こうとしたとき、
「……たい」
小さく、理央さんから声が漏れたのが聞こえた。
よく聞こえず、え、とつい声を漏らすと彼はこちらを睨んで、それはそれは愛想のない声でこう呟いた。
「……お前を抱きたいって、そう言ったんだ」
そういう顔は破裂するんじゃないかと思うくらい赤く、羞恥で歪んでいたけれど。
自分から見る彼は今までとは全く違う表情で、なんだか今までの感情とは違うものが生まれているのを感じていた。
俺は、理央さんの事を嫌いだ苦手だと、ずっとそう思っていた。ほんの、数時間前まで。
けれど今まで見ていた彼だと思うものは、彼の中のほんの一部分でしかなかったのか、とまた改めて気づく。
そんな事は、当たり前のことだった。
人は一定の付き合いでは、他人の一面しか見ることは出来ないし、ましてや第一印象が悪ければそれ以上知ろうとすることもない。
だからこそ一定の距離を置いて平行線のままの付き合いでいた。
それ自体は別に苦でもないしお互いにとっても不快にならずに済む。
けれど。
今、こうして見ている彼はそれとはまた違う新しい一部分だ。
こんな事がなければ知ることもなかった、新しい彼の一面だ。
(……そうか)
顔を逸らしたまま赤い顔の彼を眺めながら、俺はようやく理央さんという人を知れた気がした。
――この人は、可愛いんだ。
「理央さん、目元が真っ赤ですよ?」
からかうようにそう言うと俺はもう一度微笑んで、改めて自分からキスをした。
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