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「ヒートの方はどうですか? 変わったことはありませんでしたか?」  質問をするのは、直生の担当医だ。医者ということから考えて、恐らくαなのだろうが、偉ぶったところのない物静かな人物だった。以前の担当医はとても偉ぶっていて、気も強く直生は苦手だった。だから、その担当医が系列の他の病院へ行くということで担当が変わり、今の担当医に変わったときはとてもホッとしたものだ。  温和な笑顔を浮かべていつもの質問をされたときに浮かんだのは神宮寺のことだ。  ヒートもラットも起こしていないのに、お互いの香りが強くすること。そして昨日の指先が触れたときに電気が走ったようになり、体が熱くなり、ヒートを起こす前兆にとても似ていたこと。  香りだけなら、気のせい、他の人も、ということができる。けれど、昨夜のことは気のせいとはとても言えない。そう思うと、医師に神宮寺のことを告げていた。 「その方の香りがしたときの気持ちはどうですか?」 「どう、とは?」 「落ち着かない気持ちになったとか、逆に落ち着いたとか」 「えっと。火事が起きた後に会ったんですけど、一人でいるときより少し気持ちが和んだというか、落ち着いたというか。そんなのはありました」 「距離があってもその方の香りはわかるんですよね」 「はい」 「そして、その方と指先が触れたら電気が走ったようになり、体が熱くなってヒートを起こす前兆になった、と」 「そうです」 「白瀬さんの香りは他の人にはわかるのかな?」 「あ、βの人にはわからないみたいです。他のαやΩはわかりませんけど。僕から香りがする、と言われたときにβの友人に訊いたら全くわからない、って言われました」 「そうですか」  そう言って担当医は少し考える素振りをする。  医師に話していて、直生はやっぱり偶然なのかもしれない、と思った。  香りがしたのも落ち着くのも。触れたときにビリビリとしてヒートを起こしそうになったことも。なんらかの意味がありそうだけど、実はなんでもなくて単なる偶然が重なっただけなのではないか。そうでないと、今の直生にはキャパがいっぱいいっぱいだ。  しかし、担当医の口から出てきた言葉は真逆の言葉だった。 「私も直接診たことがあるわけではありませんが、運命の番ではないか、と思われます」  担当医は慎重に言った。    

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