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――運命の番。
考えなかったことではない。和明もそう言っていたし、自分でもチラリとそう思ったことがある。しかし、運命の番なんて本当にいるんだろうか。ただの都市伝説ではないのか。
「確かに希少ではあります。しかし、ないわけではない。決して都市伝説なんかではないですよ。実際に、最近では、一昨年に海外で運命の番というのがありました。それが白瀬さんに今回起こった、ということです」
都市伝説だと思っていた運命の番は本当にあることらしい。
医師いわく、通常のヒートやラットとは関係なく、お互いにだけわかる互いのフェロモンが強く香り、本来のヒートとは関係なく触れ合うとΩはヒートを起こし、αはラットを起こすらしい。
つまり、ヒートを自由に起こすことができるという。それが運命の番の出産率を上げているのだろう。そうして起きたヒートは一時的なもので、そのまま本来のヒートに入ることはないという。
話を聞くと、確かに今回の神宮寺とのことは運命の番として考えるとしっくりくる。
他の誰も気づかないけれど、相手のフェロモンの香りが遠くにいてもわかるほどに強く香ってくる。そして、その香りは気持ちを落ち着かせる。触れ合って起きるヒート(実際は起こす手前だが)。
それら全てが、運命の番だというのなら納得はいく。つまり、都市伝説だと思っていた運命の番というのは実在し、そしてそれが自分に起こった。
「……」
「あはは。納得いかない、って顔をしてますね」
「あ、いや。納得がいかないというより、本当にあることでそれが自分の身に起きたというのが信じられないというか。自分、平凡なんで」
「平凡とか関係ありませんよ。運命の番はね。実は僕も実際に診ることになる、というのはびっくりしていますよ」
担当医はそう言って少し笑う。そのことに直生は少し安心した。現実味がないのは自分だけではないのだ。どうも自分の身に起きていることだとは思えないが、医者に言われてしまえば認めるしかなくて。キャパいっぱいだ。そこで気づいた。
「あの。運命の番って出会ったらどうなるんですか?」
「どう、とは?」
「必ず番になる、とか。そんなのは関係ない、とか。自分の意思はどうなるんでしょうか」
「ああ、そういうことですね。実はよくわかっていないんです。今までの例では必ず番になっているので。もしかしたらわかっていないだけで番契約をしていない例もあるのかもしれませんが、わかっている限りは全て番契約をしています。」
「そう、ですか」
「なにか問題でも?」
「あ、いえ……」
神宮寺と運命の番だとしてどうなるのか気になったのだ。普通のサラリーマンの自分とその筋の神宮寺。あまりに違いすぎて運命の番だと言われても番契約を結ぶことがピンとこなくて。
いや、昨日のようにうっかり触れてしまって、そのままヒートを起こしてそのまま項を噛まれた、というのなら番になることもあるのだろうけれど。それ以外で番契約を結ぶことがイメージできなかった。ただそれだけだ。
「そうですか。それでは、お薬が全部なくなったというので、抑制剤、緊急避妊薬。全て出しておきますね」
「はい。ありがとうございました」
お辞儀をして診察室を出る。
医者から出た言葉は、やはり運命の番で。しかし、その運命とやらを無視したらどうなるのだろうか。いや、無視しなくたって、どうやっても一ミリも動かない関係だろう、と直生は思った。
とりあえず、良くも悪くも運命の番だとわかった。としたら後は住むところだ。
直生は頭を振って意識を切り替えた。
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