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なんでこんなところにこの男といるんだろうか、と直生は考える。
品のいいイタリアン・レストラン。照明が落とされ、テーブルの上のキャンドルがゆらゆらと揺れる雰囲気のいいお店。デートで来たら女性は喜ぶだろう。そんな店。
そんな店で直生の目の前に座るのは神宮寺だ。
病院から戻り、神宮寺に借りたあの部屋で悶々としていたときにインターホンを鳴らしてやってきた。下から来客を告げるようなものはなく、いきなり部屋のインターホンが鳴ったのでびくりとし、来訪者が神宮寺であることに安心するような、驚くような。
そんな直生を前に神宮寺は、食事に行こう、と誘ってきたのだ。そして来たのがイタリアン・レストランである。
神宮寺が嫌いな訳ではない。それは、決してない。間違いなくその筋の人間だろう、と思わなくもないが、チンピラに絡まれているところを助けてくれるだけでなく、よく知りもしない自分に部屋まで貸してくれている親切な人だ。そんな人を嫌いになんかなる訳がない。まして落ち着くサンダルウッドの香りがする人だ。
しかし、かと言って一緒に食事をするほど仲がいいわけでもない。けれど神宮寺はそんなことを気にしてもいないようで、優雅に食事を進めている。
「口にあわなかったか?」
直生がそんなことをつらつらと考えていると神宮寺がそう言った。言われてやっと、食事をする自分の手が止まっていることに気づく。
「イタリアンはあまり好きではなかったか?」
何はともあれ、せっかく誘って貰ったのに失礼なことをしていると反省し、食事の手を進める。
「いえ、そんなわけでは。ただ、緊張しちゃってるだけで」
「緊張することはない。何料理が好きだ? フレンチか? 和食か? 今日は俺が勝手に連れてきてしまったから、今度はお前の好きなところへ行こう」
神宮寺の言葉に直生は驚く。また今度があるのか、と。そう考えていると神宮寺は直生の考えを読んだかのように言葉を続ける。
「一人で食べるのは味気ないだろう。だから誘った」
シンプルな答えだった。けれど確かにそうだ。美味しい食事も一人で食べると味気なく感じる。それは間違いない。しかし、だからと言って、そんなに親しいと言えない人間と食事をするものだろうか?
しかし考えてみたら神宮寺は、その親しいとは言えない人間に家を貸してくれているのだ。しかもタダで。なぜ神宮寺がそんなことをしてくれるのかはわからない。わからないから、親切な人、と思っている。
あ! 誘ってくれるのは、お互いを知るためか? そう思い当たるとすっきりとして軽やかに手を動かす。
口に入れたカツレツはとても柔らかく、上品な味付けで手がどんどんと進む。
「美味しいです」
そう軽く微笑んで言うと神宮寺も小さく微笑む。その笑顔は、その筋の人間だなんてことを忘れてしまう上品な笑みだった。もしかしたら神宮寺はいいところの出なのかもしれない。
しかし、そんな神宮寺と食事をしたいと思う人間は、男女問わず多いだろう。それなのに、なぜ自分を誘うのか。考えてもわかる訳はない。なので、きっと今日は誰もいなかったからだろう、と理由づけた。
「今日は何をしていた?」
「あ。午前中は必要な物を買って、午後は病院へ」
「必要なものと言っても結構な量になったんじゃないか?」
「まぁ、それなりに」
「車を出してやれずに申し訳なかった。朝は外せない会議があってな」
いやいや、家借りてるだけで十分だって。車まで出して貰うわけにはいかない。そう思って、顔の前で両手を振る。
「そんな。家を借りているだけで、迷惑をかけているので」
「昨日も言ったが、それは気にするな。家は他にもあるし、あそこはたまにしか使っていないから、好きなだけいていい」
「そんな訳にはいかないです。できるだけ早く部屋を見つけるので」
「急ぐ必要はないから、自分が納得のいく部屋をじっくり探せばいい。焦っていいことはない」
神宮寺の言葉も表情もとても優しくてなにも言えなくなってしまう。本当に甘えていいのだろうか? どんな表情を返していいのかわからずに、思わず下を向いてしまう。
そして考えるのは、医師に言われた運命の番、ということだ。こんな良い男と運命の番だと言われてもぴんとこない。あまりにも自分と違いすぎるのだ。顔のスペックも仕事も。
受け入れられない、という訳ではない。単純にぴんとこないだけだ。大体、数回しか会ったことがないのだ。だからこの男のことだってよく知らない。わかっていることは、半端じゃないくらいのイケメンで、やくざで、だけどとても優しい。そんなことしか知らないのだ。そんな人間と運命の番だと言われてもぴんとこなくて当然だろう。だから、まずはこの男のことを知りたいと思う。まだ何も知らないから。
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