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和明が海外出張から帰ってきて、お土産がある、ということで二人で呑みに行った。 「いや。香港も変わったな。北京語が随分聞かれるようになったよ。その代わり英語は以前より減った気がする。観光名所では違うのかもしれないけどさ」  今回和明は、中国・上海、深圳そして香港へ行っていたのだ。上海や深圳は時間もあまりなく仕事だけで終わったみたいだが、香港では少し時間があったのと、向こうの担当者の時間があったということで結構一緒に食事に行ったのだという。  店では北京語を聞き、街を歩いていても北京語を耳にした、ということで肌感覚として北京語が増えたと感じたのだろう。  直生が香港に訪れたのは大学の頃で、十年ほど前になる。その頃は北京語を聞くことはなかったし、簡体字での張り紙などもなかった。中国に返還されてもう二十五年ほど経つ。やはりそれだけ経つと変わってくるのだろうか。まして、その間に中国は随分と国力をつけた。つまり、そういうことだろう。最近では言論の自由が奪われた、と現地の声を聞く。百年はそのまま、ということだったが、中国化は早まっているのかもしれない。  最近行っていない香港の話や、行ったことのない上海や深圳の話は聞いていて楽しかったが、和明は仕事しかしてないからつまらなかったよ、という。それでもその土地の様子だけでも直生には興味深いのだ。 「で、その間にお前は火事にあってしまった、というわけか」    鶏の唐揚げに手をつけながら和明が訊く。  和明の出張話の後は、直生の身に起こったことだ。火事のこと、神宮寺と触れ合ってヒートを起こしかけたことなどを話した。 「しかし、ある日家に帰ったら火事があって、家がなくなっていました、なんて災難もいいところだよなぁ。悪いな、そんな時に日本にいなくて」 「いや、それは和明も好きで日本にいなかったわけじゃないし、まぁ住むところはとりあえず神宮寺さんに借りられたし」 「でも、触れ合ってヒートを起こしかけるって怖いな。男同士だからベタベタ触ることはないけど、ちょっとしたときに触っちゃうことってあるもんな。でも、それも結局は運命の番なんだろう」 「医者はそう言ってたけど、まだ信じられない」 「信じられる信じられないじゃないだろう」 「そうだけどさ。こんな霞んじゃうような俺に、あんなイケメンの運命の番なんて誰が聞いたっておかしいだろ」 「そんなにイケメンなのか? 会ってみたいな」 「そんな話じゃないだろ」 「まぁ、でもおかしくないだろ。誰にだって運命はあるもんだ。それが霞むようなやつでもな。てか、お前自己評価なんとかしろよ。大学の頃に言われたことなんて忘れちまえ」  そう言って和明は、生ビールのジョッキをぐっとあおり、呑み干すと店員におかわりを頼んだ。  確かに平凡が服を着て歩いているような自分にだって運命はある。なのだから運命の番がいてもおかしくない、ということだ。確かにそうなのだろう。それとも、ただ、都市伝説と言われているようなことが自分の身に起きたことに驚いているのか。多分、後者なのだろう。それが運命の番だなんてロマンチックなものだから余計にだろう。  自己評価が低いのは仕方がない。子供の頃から特別に自己評価が高かったということはない。ごく普通だった。低くもなく高くもなく。それが一気に低くなってしまったのは仕方がないだろう。聞いてしまったのだから。あれが好きな子でなければここまでならなかったのだろうか? いや、誰が言っているのを聞いてもやはり卑屈にはなってしまったと思う。 「で、これからどうするんだ?」 「ん〜。それなんだよな。会社に通いやすいところにウィークリーマンションがなくってさ。そしたら普通のアパート借りるしかないだろ」

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