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「神宮寺さん……ごめんなさい。早く目を覚ましてください。お願いだから」  そう呟くと直生の目から涙が溢れた。まさか、このまま目を覚まさないんじゃ? 医者の予想に反して、そんなこともあるんじゃないのか? だとしたら自分は大事なことを神宮寺に伝えていない、と思う。  神宮寺から、好きだという言葉を聞いたことはない。けれど、直生を見る目はいつも甘い。神宮寺が好意を寄せてくれているのは間違いないだろう。それなのに言葉を言わないでいたのは、おそらく神宮寺がやくざだからだろう。直生に迷惑をかけると思って。  一般人の自分とやくざの神宮寺。神宮寺が一般人でないことで大変なことがあるだろう。神宮寺が生きているのは直生が想像もできない世界なのだ。それが怖くて自分も気持ちを言葉にすることができなかった。言葉にすることで後戻りできなくなるのが怖かった。覚悟がなかったのだ。しかし、美月の言葉で気がついたのだ。今回のような不慮の事故だけでなく、抗争で命を落とすことだって考えられる世界に神宮寺が生きていることを。  覚悟ができたら伝えようと思っていた。けれど、今日の次に明日が必ずあるわけでないのだ。明日は来ないかもしれないのだ。そう思うと怖くて身震いした。覚悟なんて後からついてくるんじゃないのか? そんなことよりも一緒にいたいかどうかが問題なんじゃないのか。というより、運命の番である神宮寺を失ってしまったらどうなってしまうのだろうか。他のαと番になるか一生一人で生きていくか。  神宮寺と出会う前は自分に番ができるとは思わず、ずっと一人で生きていくのだと思っていた。しかし、運命の番である神宮寺と出会い、親しくなってからそんなことは考えていなかったことに気がついた。  神宮寺以外のαと番になる……。  そんなことは想像できないし、嫌だと思った。番になるのなら神宮寺がいい。神宮寺以外となんて嫌だ。  ああ、なんて簡単なことなんだろう。覚悟、覚悟とばかり考えていて自分の本当の気持を考えていなかった。シンプルなことだ。自分は神宮寺が好きで、神宮寺以外のどんなαとも番にはなりたくない。神宮寺じゃないと嫌だと思った。  伝えたい。やっと気づいたこの気持ちを神宮寺に伝えたい。だから、早く目を覚ませ。そう思うと直生の目からまた涙が溢れた。誰も見ていないのに、泣いているのを隠したくて俯いてしまう。  神宮寺さん。あなたと番になりたい。覚悟なんていらない。ただ、失いたくないんです。だから、俺を番にしてください。そう強く心で思っていると、誰かが自分を呼んだ気がした。 「な、お……?」  それは直生が今一番聞きたい人の声だった。 「神宮寺、さん」 「なお」  直生を呼ぶ声は小さく、掠れていて聞き逃してしまいそうだけれど、直生にはしっかりと聞こえた。 「神宮寺さん!」  直生の呼びかけに神宮寺は弱々しく微笑む。 「待ってください。今、先生呼ぶから」  直生はナースコールを鳴らし、看護師に神宮寺が意識を取り戻したことを伝える。しばらくしてやってきた医師は神宮寺にいくつかの質問をした。恐らく記憶障害を心配してだろう。しかし、医師の質問に神宮寺ははっきりと答え、記憶に問題なし、と判断された。後は骨折した骨がくっつけば退院可能だと言われた。

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