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第5話
グチ、と肉を抉る音が鼓膜を震わせる。
隣の個室からではない。もちろん行為そのものをしているのは隣の二人だ。
相手の女の子の少し過剰な喘ぎ声。同僚の息使い。肉の当たる音。隣から聞こえるのは紛れも無く、そういう行為の音。
それなのに、何故こちらの音の方が響いているように感じるんだろうか。
「……ん、」
肛門に人差し指と中指で器用に掻き出しながら、ハルカは少しだけ息を荒くしながら時々当たっているどこかに、びくりと身体を震わせていた。
女の、自慰行為を覗いているみたいだ、とぼんやり思いながら、目を背ける事もせずハルカの真正面でその行為を見ていた。
のぞき部屋ってこんな感じなのかもな、と行ったことがないそんな物をなんとなく思い出して椎名は可笑しくなる。だからこちらから目に見える光景がどんなに卑猥だろうと、見せている本人にとっては大したことではない、ということか。
先程のハルカの言葉を、ふと思い出す。
見せてあげる、とそう言ったハルカの表情は強気な挑発に見えた。卑猥に、こちらを誘うように濡れた唇がすぐに目に浮かぶ。
けれどもその直前にした表情はなんとも、形容し難いものだった。
あれはなんて喩えればいいんだろう、と椎名は思う。
今の乱れているハルカには感じられない、ほんの少し脆さがあったような、そんな気がした。
それが、わからないのが男心にそそる原因とでも言えばいいのか。
先程から男相手に艶だの色っぽいだのと、あまり使い慣れない言葉ばかりハルカに対して思っている。
それ程ハルカという男は自分にとって異端な存在だ。先のような毒々しさと、時々垣間見せる表情に映る脆弱さ。
脆さとか儚さだけなら、きっとこんな風には思わなかった。それは、自分にとって一番近かったあいつがいたからな、と思い出す。
『シイ、』
……呼びかける声は他の記憶とは違い、いとも簡単に思い出せた。
その位は簡単だ。彼とは、一番長く一緒にいたから。
――俺の唯一で、ずっと愛しい、そんな存在。
……でも、サナはハルカとは違う。全く、違う。
当時、椎名のバンドのボーカルだったサナは、華奢な硝子細工の様だった。綺麗だけれど、手荒にすれば粉々に割れそうな脆い印象を持つ、そんな彼。
目の前のこの男は、その彼とは違って随分とアンバランスだと思う。普段の自由っぷりと、今の乱れっぷり。
サナが硝子細工なら、こいつは林檎飴だ。毒々しいくらい赤くて、甘ったるくてくどい。
その癖強く噛めば砕けて壊れる、そんな感じだな、と思いながら、我ながら喩えのセンスがない、と椎名は笑った。
そして、自分はその毒々しさと同じくらい、この男の脆さが気になっている。
こいつが泣いたりしたら、どうなるんだろう。そう考えてから、ますます自分がおかしくなっているな、と自嘲した。先程から変だ変だと分かっていたがそのおかしさにも慣れつつある自分は、すでに末期なのかもしれない。
「……なあ、」
少し考えた後、口を開く。
「んぇ……?」
だらしなく開けた口から、ハルカから返事とも喘ぎとも取れる声が返ってきた。返事こそしている目はとろん、としたまま。はたして今、まともな意識はあるんだろうか。
「……お前、もしかしてケツだけでイけるの?」
なんとなく、そんなことを聞いてみる。
先程から前を全く弄らないのが気になって、ただの気紛れと言うか軽口のつもりでそんな事を聞いただけだった。
「あー……そうだ、けど」
「マジかよ……」
予想外の肯定。まさかの返事に一人そう呟いてしまう。
荒い息を吐きながら言葉をつなぐハルカのその様子は、まるで犬のようだ。ハ、と息を吐く姿がまさに獣のそれで、最初の毒々しさが抜けていて少しだけ愛らしい。
ついその表情を眺めていると、へらり、とハルカが笑った。
「っ、……なに、入れてくれん、の?」
「……いや、無理。俺、男のケツには興味ないし」
こうも乱れているハルカを前にしてみて、案外出来るんじゃないか、とも一瞬よぎったが、すぐさまその考えを打ち消した。自分に男の相手は、やはり無理だ。けれど。
――この男の喘ぐ顔は少し、気に入ったかもしれない。
「指だけなら貸してやる、けど……」
そう言って、ハルカの目の前に指を差し出してやる。
赤く濡れた唇に、先程ハルカが自分でしていた様に指を這わせてやる。ぬる、とした感触を楽しんでいると、ハルカの方から、指を銜え出した。
「……ふ、」
ハルカの口の中は想像していたよりも熱く、濡れていた。這う舌に指を寄せてやるとざらり、とした感触。猫の舌の感触に近いな、とぼんやり思う。
「……あちぃ」
ハルカにも聞こえないくらいに小さくそう呟くと、カチリ、と音がした。爪と歯でも当たったんだろうか。
ゆっくりと第一関節まで少し引き抜いてやると、名残惜しそうにハルカの舌が追ってくる。きゅ、と締まった口元と舌の感触を楽しみながら何かに似てるな、と少しだけ笑った。
そうしている間もハルカの手は止まらない。響いてくる音は肉の音と、多分、最初の男の体液が零れる音。
こんな時にも、自分の耳はまだまだ使えるのだと、馬鹿馬鹿しく、そんなことを思う。
「……あのさ、」
ぎりぎりまで引き抜いていた指を一気に喉奥まで突っ込んでやる。指の先が少しだけ喉に当たったかもしれないが、ハルカは一瞬顔を顰めただけだっだ。
慣れてる。こういう事をすると女に無理に自身を咥えさせたことを思い出す。女の場合、大抵吐きそうになって咳き込むか、呼吸が荒れるかするのだと思っていたけれど、ハルカはどちらでもなかった。
むしろ奥まで突っ込んだせいで、指の付け根にまで舌を這わすように咥えこんでいる。
「ひゃに……」
ん、と唾液を音を立てて飲みながら、ハルカが自分の言葉を急かす。
「お前、このままケツに指に入れたら、イける?」
ぐちゅぐちゅとかき回すように口内を弄りながらそう聞くと、少しの間があった。
息が抜ける音。肉の感触。ハルカの体温。
口の中も、きっと下の方と変わらない熱さだろう。
濡れた音をわざとらしく立てながら、やがてハルカは静かに頷いた。
「……ん」
「そ、」
返事にやっぱり、と思う。愛想なく返事をしてやる。
「じゃあ、それ全部掻き出したら教えて」
そしたら弄ってやる、と言うとハルカはそのまま頷いてまた指を動かし始めた。体液と熱でふやけている指先が見えるのを眺めながら少しだけ冷静に慣れた気がして、ハルカという男を改めて眺めてみた。
まんまとやられた気がする。処理、と言った時からもしかしたら既にこうなることをハルカは分かっていたのかもしれない。というより、狙っていたんじゃないだろうか。
だとしたら、やっぱりこいつは毒なんだろう。そして、そうだと分かっていながらも、自ら飲んでしまった自分はとても愚かで、馬鹿な男だ。
「ひいくん、」
呼びかける間の抜けた声。顔を上げれば、出来たと言わんばかりに足を広げているハルカ。待ち焦がれているような、そんな表情でこちらを見ているハルカに答えるように指を引き抜くと、焦らす様に尋ねてやる。
「俺に、触って欲しい?」
「……ん、」
「じゃ、ケツ上げて、指入れてくださいって、」
ちゃんと言いな、と言うとハルカはほんの少し腰を持ち上げて抱きついてきた。
それから耳元で、囁く様に言う。
「……シイくん、ゆび、いれて、」
ハルカのその声は、最初に見せた挑発的な顔と随分と印象が違う。
あれから今みたいになるなんて、想像つかなかった。最初に感じた自分の感じた脆さも今のこれも、全てハルカの計算だとしたら、と考えてぞっとする。
毒で、打算的な男だ。けど、分かったとしても今更やめられるわけもない。
咥えられていた手とは反対の手で、ハルカの髪を撫でてやった。
「……よく出来ました」
は、と息を吐くハルカにそう言って、唾液で濡れた指でハルカの秘部に手を伸ばす。初めて触るそこは女の膣とはまた違う、知らない生き物に触るような感触だった。
内がうねっていて、まるで内臓を直に触ってるみたいだ、と思ってから、実際にそうじゃないか、と馬鹿のように一人で納得した。
指でなぞるように内壁を弄る。先までハルカが自身で掻き出していたせいで簡単に入ったのはいいが、実際に後ろの方なんて触るのは、女相手でもあまり経験はない。
嫌がる姿が見たくて、弄ったことはあっても実際に中まで触ったことはない。女にするみたいな、それでいいんだろうか、と思いながら、先の口内でやっていたように指で、奥を圧迫するように押し込んでから、ゆっくりと引き抜く。
「ふぁ……っ」
びくり、とハルカの肩が震えるのを支えながら、何度か抜き差しを繰り返してみる。荒くなる息を聞く限りこれで間違いではないのだろう。
奥にある、少し膨らんだ箇所を指の腹で軽く押しながら、少しずつペースを上げてみると、背筋が痙攣するように震え始めた。
そのまま指を動かして、ハルカの耳朶を舌でなぞる。今まで以上に過剰に揺れる肩に少し機嫌を良くして、息と舌を耳の中まで犯すようにねじ込んでやった。
「っあ、あ、あ」
電気が走るようにハルカの身体がしなる。と、同時にきゅ、と指を入れたそこが締まった。
きつい。女だってこんな風に締まることはない。思っていた以上にきつく締まる秘部に、指に痛みを感じて椎名は声を低く囁いた。
「おい、指食い千切る気かよ……」
「だっ、てぇ、あっ……」
きゅうきゅうと、指を離さないように銜え込んでいたそこに目を向けてやれば、一緒に反り返ったハルカ自身が目に入る。確かに、弄らずにここまでいけるのならこのまま達することも出来そうだな、と思っていると、
「も、イきそう、」
は、と紅潮した顔と、生理的な涙でぐしゃぐしゃになった顔でハルカが喘いだ。
「ん、ほら、」
最初に比べてきついため、動かしにくくはあったがどうにか、ハルカの反応が良かった辺りを擦るように指を動かしてやる。
「ぅん……っ」
痙攣するような動き。小さな悲鳴のような声。
そのまま、ハルカはか細く喘いで自分の手に白濁を吐き出した。
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