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第5.5話 親の心子知らず
「じゃ、卒業告知だしといたから。あと二週間きっちりな」
『Oasis』の事務室にて。京極はノートパソコンを閉じると、ソファーの上でだらりと寛いでいるナツを見やる。
「言っておくが、仕事なんだから最後まで――」
「わかってるよ。お客さんにはたくさん支えてもらったし、お礼だって伝えたい。言われなくてもちゃんとするって」
言いながら、ナツはゆっくりと体を起こす。客にはいつだって丁寧なサービスを提供している彼だが、京極の前ではだらしない姿を見せることも多い。
ただ、ここ数日は意気消沈しているようで、いつもの元気がないことが気がかりだった。
「そのしょぼくれ顔、客に見せんじゃねェぞ」
そう口にすると、ナツは何を思ったのかこちらへと歩み寄ってくる。そのまま流れるような動作で首に腕を回されてしまった。
「そんなこと言うんだったら、オーナーが慰めてよ」
甘ったるく言いつつ顔を寄せて――と、思いきや、
「あ、やっぱ駄目だ。お客さんなら誰でもイケっけど、オーナーとかフツーに無理だわ」
何事もなかったかのように、あっさりと体を離す。
京極は思わずため息をついた。
「いきなり何しやがんだ……俺だって鳥肌立ったわ」
「うわーマジなヤツじゃん! ウケんね?」
ジャケットの腕をまくってみせれば、ナツはクスッと笑う。が、すぐにその表情は曇ってしまった。
「どうしたんだよ。話くらいなら聞いてやってもいいぞ」
煙草を取り出して、そう口にする。
ナツは「うーん」と小さく唸ってから、問いかけてきた。
「オーナーって恋とかしたことある?」
「……そんなん、昔のことすぎて覚えてねェよ」
「じゃあ、いーや」
「あ!? っておい、待てよ!」
「心配しなくても大丈夫だよ。お客さんの前ではこんな顔しないから」
呼び止めるも、ナツは身を翻してさっさと事務室を出て行ってしまう。本当に猫みたいな男である。
「ったくよ、俺にまで心閉ざしてどうすんだっての」
一人残された京極は、煙草に火を付けながら舌打ちした。
つい先日、発破を掛けるような真似をしてみたものの、様子を見るからにうまくいかなかったらしい。
職業柄、これでも人を見る目はあるつもりだし、ここよりもずっと相応しい居場所のように思えたのだが――、
「……やっぱ慣れねェことはするんじゃなかったか」
そう独りごちて深く煙を吸い込む。
するとそのとき、店の電話が鳴り響いた。
「お電話ありがとうございます。『Oasis』の京極でございます」
京極はツーコールもしないうちに受話器を取る。電話の相手は、今まさに頭に思い浮かべていた人物だった。
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