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第6話 恋に臆病な僕らのリスタート(3)
ナツの顔に戸惑いの色が浮かぶ。
「そんなのただの同情みたいなもんだし……隆之さんにしたって、寂しさを埋める相手がたまたま俺だっただけでしょ?」
「だとしても、俺は他でもない君に救われた。次第にその人となりを知って、気づけば自分でも驚くほどに好きになっていたんだ」
「でもさっ」
「結婚が認められなくたっていい、子供ができなくたっていい――だって、君と一緒にいることに意味があるんだから。周囲の目が気になると言うなら、どこか落ち着いた場所で暮らそう。他に問題があるとしても、そのたびに話し合って一緒に乗り越えていけばいいじゃないか」
「……っ、う」
こちらの言葉に、ナツは何度も首を横に振る。またもや大粒の涙がこぼれ落ちた。
「駄目だって言ってんのに。俺、隆之さんにいろんなこと諦めさせて……もしかしたら、人生台無しにしちゃうかもしんないんだよ?」
「少なくとも俺は、ナツとなら人生が豊かになると思っているよ」
「なんで、なんで……っ、俺じゃなくたっていーじゃん! 隆之さんにはもっといい人いるよ、ちゃんと周り見た方がいいって!」
もう二度と同じ過ちを繰り返したくなかった。
だからこそ、不甲斐ない自分と決別し、大切な相手を決して手離すまいとする。真正面から向き合って精一杯に言葉を尽くそうとする。
「確かに、他にも気にかけてくれる人はいたさ。けれど、俺が幸せにしたいと思ったのは君だった――それだけの話だよ」
迷いなく答えると、隆之は指輪ケースを持つナツの手を包み込んだ。
ナツは躊躇いがちに顔を上げてこちらを見る。
「俺、そんなふうに思ってもらえるような人間じゃないよ」
「どうしてだ?」
「だって……ズボラだし。生活能力なくて一人じゃなんもできねーし」
「大丈夫。俺が面倒みるし、一人でもできるように教えてやる」
「今までの経験人数聞いたら、絶対嫌になるよ。ウリやる前だって体の関係いっぱい持ってたし」
「まあ嫉妬はするが、それくらいで嫌になんてなるものか」
「アナルも縦割れしてるし、ある程度ならほぐさなくても入っちゃうんだよ?」
「え?」隆之は一瞬ドキリとした。「あ、いや。どうだっていい」
「……尻軽だから、すぐ他の人のとこ行っちゃうかも」ナツはさらに続ける。
「そんなことにならないよう、ちゃんと引き留めてやるよ」
「うわあ! 嘘だよっ、こう見えてすっごく一途だよお!」
こちらが真面目に返せば、ナツは慌てふためいた様子で否定した。その様子がおかしくて思わず笑みをこぼしてしまう。
「わかってるって。君は嘘をつくのが下手だからな」
「っ、もう……」
照れくさそうな表情を浮かべてナツが俯く。やがて、覚悟を決めたように息をつくと、隆之のことを真っ直ぐに見つめてきた。
瞳はまだ不安げに揺れていたものの、先ほどまでとは違っていた。震える唇で言葉を紡ぎだす。
「ホントに俺でいいの? 後悔しない? ……ずっと、一緒にいてくれる?」
そう問いかける声色はあまりに弱々しい。
ナツも隆之と同じように、何かしらの過去を抱えているだろうことは察していた。他人の心の痛みに敏感なのもそうだし、辛い経験をしているからこそ、こんなにも臆病になっているのだろう。
ならば、はっきりと繰り返して言うまでだ。隆之は「ああ、もちろんだ」と口にする。
「どんな君だって俺は好きだ。だから改めて――これから先もずっと一緒にいてほしい」
告げた途端、ナツは感極まった様子で顔を歪めた。頬をぽろぽろと伝う涙はもはや止めどなかった。
「俺も隆之さんのことが好き……大好き、だよおっ」
幼子のようにしゃくりあげながらも、ナツが抱きついてきて必死に伝えようとする。
隆之もまたナツの体を力強く抱きしめ返した。込み上げてくる愛おしさのままに頭を撫でれば、ナツは甘えるように額を擦りつけてくる。
「……好きな人に愛されたい、心を満たされたい。俺、ずっとそういったことを望んでたのかも」
それを聞き、胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えた。
『好き』なんて感情、もうとっくの前に麻痺してるんだ――彼はそう言ったけれど、本当は誰かを愛したかったし、誰かに愛されたいという思いもあったのだ。
だが、今はこうして自分の腕の中にいる。その事実を確かめるかのように、隆之は「ナツ」と名を呼んだ。
ナツは少しの間のあとに顔を上げる。返ってきたのは思わぬ言葉だった。
「『ナツ』じゃなくて、さ。『夏樹 』って呼んでよ」
「え?」
「俺の本当の名前。佐倉夏樹 っていうの」
ナツ――いや、夏樹が静かに告げた。クスッと笑って彼は続ける。
「まんまだと思った?」
「いや、君に合った良い名前だ――夏樹」
隆之がその名を口にすれば、夏樹は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。こちらの首に両腕を回して、唇をふわりと重ねてくる。
「……続きはお家着いてから、だね」
情欲に濡れた声が隆之の心をくすぐった。
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