34 / 45

第6話 恋に臆病な僕らのリスタート(3)

 ナツの顔に戸惑いの色が浮かぶ。 「そんなのただの同情みたいなもんだし……隆之さんにしたって、寂しさを埋める相手がたまたま俺だっただけでしょ?」 「だとしても、俺は他でもない君に救われた。次第にその人となりを知って、気づけば自分でも驚くほどに好きになっていたんだ」 「でもさっ」 「結婚が認められなくたっていい、子供ができなくたっていい――だって、君と一緒にいることに意味があるんだから。周囲の目が気になると言うなら、どこか落ち着いた場所で暮らそう。他に問題があるとしても、そのたびに話し合って一緒に乗り越えていけばいいじゃないか」 「……っ、う」  こちらの言葉に、ナツは何度も首を横に振る。またもや大粒の涙がこぼれ落ちた。 「駄目だって言ってんのに。俺、隆之さんにいろんなこと諦めさせて……もしかしたら、人生台無しにしちゃうかもしんないんだよ?」 「少なくとも俺は、ナツとなら人生が豊かになると思っているよ」 「なんで、なんで……っ、俺じゃなくたっていーじゃん! 隆之さんにはもっといい人いるよ、ちゃんと周り見た方がいいって!」  もう二度と同じ過ちを繰り返したくなかった。  だからこそ、不甲斐ない自分と決別し、大切な相手を決して手離すまいとする。真正面から向き合って精一杯に言葉を尽くそうとする。 「確かに、他にも気にかけてくれる人はいたさ。けれど、俺が幸せにしたいと思ったのは君だった――それだけの話だよ」  迷いなく答えると、隆之は指輪ケースを持つナツの手を包み込んだ。  ナツは躊躇いがちに顔を上げてこちらを見る。 「俺、そんなふうに思ってもらえるような人間じゃないよ」 「どうしてだ?」 「だって……ズボラだし。生活能力なくて一人じゃなんもできねーし」 「大丈夫。俺が面倒みるし、一人でもできるように教えてやる」 「今までの経験人数聞いたら、絶対嫌になるよ。ウリやる前だって体の関係いっぱい持ってたし」 「まあ嫉妬はするが、それくらいで嫌になんてなるものか」 「アナルも縦割れしてるし、ある程度ならほぐさなくても入っちゃうんだよ?」 「え?」隆之は一瞬ドキリとした。「あ、いや。どうだっていい」 「……尻軽だから、すぐ他の人のとこ行っちゃうかも」ナツはさらに続ける。 「そんなことにならないよう、ちゃんと引き留めてやるよ」 「うわあ! 嘘だよっ、こう見えてすっごく一途だよお!」  こちらが真面目に返せば、ナツは慌てふためいた様子で否定した。その様子がおかしくて思わず笑みをこぼしてしまう。 「わかってるって。君は嘘をつくのが下手だからな」 「っ、もう……」  照れくさそうな表情を浮かべてナツが俯く。やがて、覚悟を決めたように息をつくと、隆之のことを真っ直ぐに見つめてきた。  瞳はまだ不安げに揺れていたものの、先ほどまでとは違っていた。震える唇で言葉を紡ぎだす。 「ホントに俺でいいの? 後悔しない? ……ずっと、一緒にいてくれる?」  そう問いかける声色はあまりに弱々しい。  ナツも隆之と同じように、何かしらの過去を抱えているだろうことは察していた。他人の心の痛みに敏感なのもそうだし、辛い経験をしているからこそ、こんなにも臆病になっているのだろう。  ならば、はっきりと繰り返して言うまでだ。隆之は「ああ、もちろんだ」と口にする。 「どんな君だって俺は好きだ。だから改めて――これから先もずっと一緒にいてほしい」  告げた途端、ナツは感極まった様子で顔を歪めた。頬をぽろぽろと伝う涙はもはや止めどなかった。 「俺も隆之さんのことが好き……大好き、だよおっ」  幼子のようにしゃくりあげながらも、ナツが抱きついてきて必死に伝えようとする。  隆之もまたナツの体を力強く抱きしめ返した。込み上げてくる愛おしさのままに頭を撫でれば、ナツは甘えるように額を擦りつけてくる。 「……好きな人に愛されたい、心を満たされたい。俺、ずっとそういったことを望んでたのかも」  それを聞き、胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えた。 『好き』なんて感情、もうとっくの前に麻痺してるんだ――彼はそう言ったけれど、本当は誰かを愛したかったし、誰かに愛されたいという思いもあったのだ。  だが、今はこうして自分の腕の中にいる。その事実を確かめるかのように、隆之は「ナツ」と名を呼んだ。  ナツは少しの間のあとに顔を上げる。返ってきたのは思わぬ言葉だった。 「『ナツ』じゃなくて、さ。『夏樹(なつき)』って呼んでよ」 「え?」 「俺の本当の名前。佐倉夏樹(さくらなつき)っていうの」  ナツ――いや、夏樹が静かに告げた。クスッと笑って彼は続ける。 「まんまだと思った?」 「いや、君に合った良い名前だ――夏樹」  隆之がその名を口にすれば、夏樹は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。こちらの首に両腕を回して、唇をふわりと重ねてくる。 「……続きはお家着いてから、だね」  情欲に濡れた声が隆之の心をくすぐった。

ともだちにシェアしよう!