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「何ですか?」
「帰るとか言うなよ」
寂しそうなその声。
それだけでグラグラと心は揺れる。
手を伸ばしてその柔らかい髪に触れると、先輩は甘えるようにすり寄ってきた。
小さな耳に触れてその縁を指でなぞる。
すると、先輩のスマホが着信音を響かせた。
ピクッと反応しつつも一度目を逸らした先輩。
だが、息を吐き出してから体を伸ばしてスマホを手にした。
先輩はギュッと俺の腕を掴んでから耳に当てる。
「何?……いや……行かない」
相手の声は僅かに聞こえるが内容まではわからない。
ただ、相手が男なのは確かだった。
「何言ってんだ。……やめろ。俺ももう彼氏居るから、じゃあな」
言い切ってスマホをベッドの下にあるクッションへと投げた先輩。
だが、縋りついてくるその姿は覚えがあった。
「……元彼?」
思いついた人物を口にすると先輩は握っている手に力を込める。
先輩の元彼は約一年前、急に結婚すると告げて先輩の前から消えたはずだった。
落ち込んで荒れた先輩はしばらく彼女持ちだった俺にもかなり八つ当たりしてきたから。
「何かありました?」
背中を擦りながら声を掛けると、俺の腕につけていた顔をゆっくりと上げる。
下がった眉と不安げに揺れる瞳。
「割り切って性欲だけ発散しないか?って」
「は?」
「奥さん妊娠中で溜まってるけど女はヤバいから相手しろって……ナメられてんな」
笑っているようだが、僅かに震えている先輩の腕を引いて抱き寄せる。
また先輩を平気で傷つけようとする元彼が許せなかった。
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