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 さっき俺に咳払いしたくせに、自分は父さんを抱き寄せて微笑んだ城くん。  フーっと甘い空気を少し払ってからイスに座り直した。 「でも、璃央さんはこうはいかない……どころかまた怒るんじゃないか?」 「……でしょうね」  チラッとこっちを見られて諦めにも似たため息を吐く先輩。  ちょっと目付きが鋭くなったのを見て手を握り直すと、先輩は俺を見て微笑んだ。  大丈夫―――目で訴えてくる。  それでも手を引くと、先輩はにこっと笑ってゆっくり俺の手を外した。 「……璃央ちゃんは……視野が狭くて頑固。……でも、調子のいい人ですからね」  城くんたちに視線を戻して小さく笑う。 「まぁ、高校卒業したあの日から離れて暮らして居ますから。住所は知っているけど来ることはないですし……昔のように振り回されることはないですよ」  サラッと言うが、母子家庭で育って夜仕事に行く璃央さんを小学生になる頃から一人で待っていた先輩。  学校から帰ると寝ている璃央さんにために友達と遊ぶこともなく、むしろ、“友達(あんなもの)”足を引っ張るだけだと教えられて誰ともつるんでこなかった。  中学になって部活は仕方なく入ったが弱くて練習が少ない……それがバスケ部に決めた理由だと聞いたことがある。  俺と居たのも学校の中だけで昔は会えなかった。  人懐っこいくせに一線引いていた過去の先輩は何度「璃央ちゃんが怒るから」悲しい目でそう口にしただろう。

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