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「いえ、さっさと飲んで帰りましょうか!」 「いや、できたら……服とか取りに戻りたいんだけど」 「は?」  何となく気分がよくなってグラスを引き寄せると、先輩は紙コップを持ったままチラッとこっちを見る。  その顔もかわいくて何でも頷きかけるのを止めると、先輩はためらうように口を開いた。 「さっきからちょいちょい鳴ってるんだけど……」  テーブルに出した先輩のスマホにちょうどメッセージが届いたらしく、ディスプレイに一部が表示される。 『会いたい』  それはどう考えたってあの元彼しか居なかった。 「このままでいい訳ないだろ?」 「だからって……昨日の今日ですよ?」  結局、腫れはそれなりにマシになったため、湿布は止めて城くんがメイクだけしてくれたけど……。  そっとその頬に触れると先輩は少し眉を寄せる。 「まだ痛いですよね?あの人に会ったらそれ以上の怪我をするかもしれないのに?」  じっと見ると、先輩はすがるような目を向けてきた。 「……でも、学年のお便りの原稿も家だし他にも要るものあるし……」 「……どうしても行きたいと?」  頷く先輩を見てため息を吐く。 「一人で行こうとせず言ってくれた訳ですからね。……わかりました」  ジュースを飲み干してもう一度息を吐き出すと、先輩は「ごめん」と小さく零した。 「俺、ケンカとか無理ですから。いざとなったら手引くんで本気でダッシュして下さいよ」 「うん」  じっと見られたら先輩のお願いは何でも聞きそうだ。

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