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「健太先生、夏季保育なんですが……」
この店に来る間もそうだったが、仕事の話をされると俺は何も言えなくなる。
春樹先生は気に入らないが、元々は打ち合わせも兼ねていたと聞いていたから。
しかも、先生は学年主任……そりゃ、新卒で、更に同性 同士なら頼るのも仕方ないとは思う。
邪魔はできない。
だが、おもしろくはない。
夏休みになれば俺も塾 は夏期講習が始まって、時間ができる訳でもない。
先生は先輩と一緒に居るのに俺は……またそのループにハマりそうでプルプルと首を横に振った。
「ん?どーした?」
それに気付いた先輩が顔を覗き込んできてくれる。
「いえ……」
「タク!お前、刺し身好きだろ?」
先輩はさっき取り分けてもらったカルパッチョをフォークに乗せて俺に向けてきて、俺はパクリと食いついた。
「一応、上司であり、拓翔くんにとっても恩師の前だってわかってますか?」
先生はピクッと眉を動かすが、俺はある種の優越感を覚える。
先輩にとってはこんな洒落た料理も“刺し身”の認識。
俺が生魚好きなのもあるけど……これは先輩にとって好みの味ではなかったということだ。
本当はイチャつきが目的ではない。
先生が取り分けてくれたから残すのをためらってのこと。
でも、先生からしたらイチャついているように見えるのは好都合でもある。
「あーん」
気にせず口を開けると、先輩はホッとしたようにまたフォークに乗せてくれた。
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