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「むしろ、タクをこっち側に引っ張ったのは俺だよ。タクはずっと一人の女の子と付き合ってたから」 「何言って……」  一歩後退って首を横に振る璃央さん。 「璃央ちゃん、ゲイなのは俺だ。タクに出会う前からずっとそうだったんだ」  それでも先輩は口を止めなかった。  俺の手をゆっくり離して璃央さんの前に立つ。  首を振り続ける璃央さんの両肩を掴むとヒールを履いているせいでほぼ先輩と同じか少し高いくらいの璃央さんと目を合わせた。 「璃央ちゃん、一人で俺を産んで育ててくれたことには感謝してる。夜の仕事だって泣くくらい辛いことも多かったんだよな?」  普段はどちらかと言えば口の悪い先輩。  でも、璃央さんに話すその言葉はどれも穏やかで優しさに満ちていた。  それでももう耳に入らないのか首を振るのを止めない璃央さん。 「ねぇ!何で!?家を出て行くだけじゃなくて、何でそこまで私から離れていくの!?」  もうパニックになったように璃央さんは先輩の胸元を掴んで泣き出した。  先輩は璃央さんのことをよく子供のようだと言っていたのはこういうところだろう。ところが、 「…………俺のハジメテって誰か、本当は知ってるよね?」  先輩が少し声を震わせると、璃央さんもピタリと動きを止めた。  潤んだ瞳でただじっと何かを堪えているようにも見える。  俺からは先輩の表情は見えないが、その背中は小刻みに震えていた。

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