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 先輩は手をダランと下に垂らしたまま大きく息を吐く。 「……もう、やめてくれ」  静かに零されたような声。 「健、太……」  呼ばれても先輩はもう反応もしなかった。 「……何で?」 「それはずっと先輩が言いたかった言葉ですよ。夜は仕事だったかもしれません。でも、あなたも仕事を終えてすぐに帰ってきていましたか?」  先輩の肩に触れると、先輩はゆっくりこっちを見て俺に手を伸ばしてくる。  その手を引いて璃央さんから引き剥がしても、璃央さんはその場に立ち尽くしていた。 「一人であろうと、あなたが男を連れて来ようと……ずっと先輩は耐えて来たんですよ。微笑んでいながら心の中ではずっと泣いていたのに……あなたは見向きもしなかったでしょう?」  聞こえているのか、いないのか……璃央さんの反応はない。  俺は先輩の手をしっかりと握った。 「俺だって気づかなかったくらい。……本当、に……」  怒りと悲しみで手が震える。  泣きそうになったのは何とか堪えたが、もう口は開けなかった。  先輩が実の母親によって男に身体を差し出され、暴かれていたなんて。  いくら高三で先輩が部活を引退した後だって言っても、俺は毎日一緒にお昼は食べていたのに。 「タク……ごめ……」  頬に触れられて何度も首を横に振る。  先輩は謝ることなんて一つもない。  俺はそんなことにも気づかなかった自分に腹を立てているから。  それに謝らなければいけないのは……。  グッと奥歯を噛み締めて奮い立たせると、俺は真っ直ぐ璃央さんを見た。

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