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将来に関係あること、自分に関係あることが目の前で起こると、現実味が帯びてくるものだ。
当たり前であったことが、当たり前でなくなっていく。
データ改竄の件について謝罪会見を開き、経緯と深く頭を下げる父親の姿をテレビで映し出されているのを、呆然とした目で見つめていた。
この頃になってくると、以前からどこで耳にしたのか今回の件も含めて、あることないことの噂をされ、その結果、売上が落ちてきているようだった。
そして、ニュースで取り上げられたことがきっかけで、さらに拍車がかかった。
人件費削減するために、社員整理が行われ、それから回復に努めようと前よりも父親は奔走し続けていた。
他社もこのような状況に陥っていたのか。
けれども、その他社とは決定的に違うところがあった。
事の発端となったデータ改竄の原因は──⋯⋯。
俊我は一人、焦っていた。
バイト行くのマジでダルいとか、週末に待ちに待っていたアーティストのライブがあって、ちょー楽しみだとか、そのような何ともない会話でさえも耳障りに聞こえ、余計に気持ちの余裕がなかった。
今の自分になんかどうこうできる話ではないし、自分のような人間ができる話であれば、父がとっくに立て直している。
けれども、見るからに疲労に加え、焦燥している姿を見かける度、このような自分でもどうにかしてあげたい気持ちが勝った。
この間でも、業績が悪化し、社員離れが起き、体制が崩れているのだとしたら、いても立ってもいられない。
だが、今の自分に何が出来る。
講義も全く集中出来ず、終わった途端、喧騒する教室から逃げるように早々に立ち去ると、一人になれそうな場所を探した。
「──久しぶりね、小野河俊我」
一歩踏み出しかけた足が止まった。
声がした方へ振り向くと、セミロングの女性が仁王立ちでいた。
「⋯⋯俺に、何か用」
いつの間にか早足になっていたようだ、息の切れた声でされど緊張した面持ちで返した。
取引先の一つである華園大学附属病院の一人娘・華園院雅。
父に連れられて、数回の挨拶程度であったが、会ったことがあった。
業績が悪化しているというのに、未だに繋がりのある病院の娘が、一体何の用があるのか。
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