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「あ、いえ······。今まであのような所に住んでいたものですから、何もかも新鮮で······」 窓の外に目を向けたまま、"あいが"はそう言った。 表情こそは分からないものの、その声音がどこか沈んでいた。 俊我からすればごく一般的な部屋であるが、"あいが"からすれば物珍しいものだろう。 先ほどの反応といい、目に映るもの全てが新鮮に感じるだろう。 その反応が可愛いと思ってしまうが、同時にかわいそうに思えてくる。 一般未満の扱いをされていて、場合によっては家畜よりも酷い扱いをされて。 かわいそうだ。けれども、ようやく自由になったと思っていても、その自由がいつまでも続かないというのに。 本当にかわいそうな(オメガ)。 「あの、俊我さん。聞いてもらいたいことがあるんです」 人を伺うようにこちらに振り向いた"あいが"は曇った顔を見せた。 何故、そんな浮かない表情をしているのか。 疑問符を浮かべている中、瞳が潤んできた"あいが"が引き結んでいた口を開いた。 その内容は、"あいが"の過去だった。 自分がどうしてあのような店に働くことを強いられたのか、ただ痛くて、辛くて、泣くことすら許されない地獄の日々だったこと、そして、そんな終わりの見えない地獄の中で、俊我に出会ったことで呼吸もままならなかったのが、上手く吸えるようになって、一筋の光のような存在の俊我に会えるのが楽しみになっていた。 あのデータは簡略ではあったものの、ある程度は知っていた。 一度きり相手にしたあの娼年と同じような境遇。 元はといえば、既成事実を作るためにそのような都合のいい相手を捜していたのだから、そういった過去だと充分に知っていた。 それなのに、あの娼年の相手をしていた時にも感じていた、今まで抱え込んでいた想いが流れてきた。 好き。

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